ショーペンハウアーの哲学

§62-5 国家と法

国家と法は、人が不正をこうむることを防ぐためのものである。

人が不正を行った結果の享楽より、不正を被る側の苦痛が常に大きいものである。それを認識した人間理性が、苦痛の総和を最小化するために、エゴイズムの制限を法や国家として編み出したのである。

同じ不正への対抗手段とはいえ、道徳と国家は本質的に真逆のものである。正義が行き渡った状態は、誰も不正を行おうとしない。法が行き渡った状態は、誰も不正を被ることがない。

つまり、実は、法や国家の起源は、自分の意志を守るエゴイズムなのである。

だから、国家の中枢には無私の人々が就くことが望ましく、世襲君主制が一番マシである。