各天体の起源の状態は静止状態ではなく、無限の空間に向かって休息も目標もなくひたすら前進する運動であったと考えられる。惑星公転における遠心力は、カントとラプラスの仮説によれば、中心となる天体が回転していたときの残余の力である。かつて31の惑星を生み出した太陽は今でも回転し、同時に無限の空間の中を飛び去っているが、われわれには見えないもっと大きな中心となる天体があって、そのまわりを巡っているのかもしれない。
このように、すべての恒星が全般的に移動してはいるが、この移動は無限の空間の中ではまったく意味をなさない。
すべての恒星のこのような移動は、なんの目標ももたない努力のようである。この事実は虚無の表現となり、一個の究極目的の欠落の表現となっている。
しかし、意志が現象のうちに努力するそのあらゆる姿が、無目的で虚無なものなのである。
無限の空間と無限の時間とが、意志の全現象の普遍的本質的な形式である理由は、虚無、究極目的の欠落が、すべての現象のうちに認められるからである。