ショーペンハウアーの哲学

§45-1 人間の美しさ1 人間の姿

最高位のイデアは人間である。専ら種族の特徴に基く動物の美とは異なり、人間の美しさは

に基づいている。

人体の各部は最高度に意志を客観化しながら、相互に秩序づけられ、全体に従属している。この稀にしかない条件の下で、低い段階のイデアを全て打ち負かし、物質を奪い取って凝集した結果が人体の美である。

芸術家は、経験に先立って人体の美を知っている。芸術家は、決して、模倣によって人体の美しさを表現するのではない。また、決して、多くの人間にバラバラに配分されている最も美しい部分を寄せ集めて人体の美しさを表現するのでもない。

本物の芸術家は、人間の美しさを並々ならぬ明澄さを持って認識し、かつて自分が見たこともない仕方で人間の美しさを描き出し、その描写においてはついに自然を凌ぐ。自然は人間のイデアを表現しようと努力しているが、天才は個体の中にイデアを認識することによって、自然の言葉を半分聞いただけでも自然を理解することができる。彼は認識したイデアを大理石に彫り付けて、「これこそお前の言いたいことだ!」と自然に叫び掛けるのである。そして、芸術を理解する人間の「そうだ、それであったのだ!」という声がこだまして反って来るであろう。

同様に、シェイクスピアの生み出すリアルな人物像が、彼の人生経験を忠実に再現したものだという推測はばかばかしいくらい間違っている。彼は先験的に人間の本質を認識し、彫刻のように詩文芸に刻みつけたのだ。