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劇中作 名場面 本編

《愁いの王》

「あの遠い紺青(こんじょう)の水平線の上に、たったひとりで俺が住む城を建てよ。」

何人も到達不可能な城

若い王は自らをつきつめにつきつめた暗い望みを

老いた名工は並々ならぬ決意を

深い美しい入江に接続した、幅千尺、深さ三百尺、奥行き五千尺の巨大な堀を

その恐ろしいほど深い底部全面に、老いた名工は数万枚の板を敷きつめて

その上に、高さ四百尺、底辺が八百尺平方もある巨大な方形の箱舟を、五つも奥へ向かって並べ作り始めたのです。

五つの巨大な箱舟がついに出来上がると、

それらはその底部で互いにつながれ、

入江への水門が破られて、堀へ水が注ぎ込まれました。

二百尺近い吃水線を示しながら浮かび上がった五つの箱舟の長い列が、

ゆらゆらと静かな入江から穏やかな紺青の海へと揺らぎ出てゆく

赤銅色の落日

淡紅色の長い帯が幾筋も横に架かった遠い空

五つの箱舟は、中央の箱舟を中心として左と右へ向かってそれぞれ僅かながらも互いに斜めに傾き

老いた名工は狂気の閾の暗い向こうへ

傍に打ち伏している年若い息子は、こう願ったのです

「王よ、もう一度試みさせて下さい。材料はいまのあのまま、あれだけでいいのです。王よ。」

王は瞑目し黙許して立ち去り

あくる日の同じ赤銅色に染まった落日の頃

箱舟は、底部ばかりではなく、その互いの上部をも堅く連結され

黒い棺のように

「われわれの裡の誰とても海上のあそこまで行きつき、

 あの高い浮き城の内部へはいりこむことはできないと

 お前はいう。

 だが、お前の父が、直線は曲線にほかならない、という

 建築士の第一原理にとって

 とうてい容認しがたい怖ろしい背理の中で悩みに悩み尽くしたあげく忽ちついに狂わねばならなくなったことを、

 お前はさてどう思うかな。

 …

 いいかな、平らで丸く、丸くて平な城をこそ

 まさに見事にしっかりと打ち立て、

 この世界の数多い並々ならぬ恐ろしい背理への

 最初の第一歩の挑戦を敢えてしてみてはどうかな。

 いいかな、俺達の遠い後ろにあるあの深い大きな森の全てを

 お前の自由にして

 この大地の隠しもつ秘密の背理をも

 まったく逆にまるごととりこんでしまう不屈不当な覇気を見せよ」

それから数年経った或る薄寒い秋の満月の夜

A:太い木の切り株にひどく瘠せた老人が腰掛けていた

B:蒼白い月の光に蒼白く冷たい石の円形の台地が照らし出された

C:蒼白い石の上にぴんと張られた一本の細綱が見えた

「《愁いの王》」への1件の返信

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