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劇中作 本編

“質問”

“質問”

人間が考え得ること、

それはひるがえって、

その考え得る人間にとって何を意味するか。

“回答”

私は恥じている。なにを見ても

まったくのところ消えてなくなりたいほどだ。

この虚脱、このこのれい?弱は本来私に装飾されるものではなかった。

人間が当今までなし得た否定は

或るまとまった、完全な、そのものとしてただそれだけの、謂わば非常に「自己的なもの」に過ぎなかった。

人間が嘗て人間を捻り歪め得たとは、

誰だって信じてやしない。

その癖、それは奇妙な屈辱で…

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劇中作 本編

『自同律の考究』

存在が思惟するときの

ひそやかな囁きを聞こう。

それは

そこに自身を見出し得ない

呻きではないのか。

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劇中作 本編

自分だけでおこなう革命

赤い表紙に黒い題字の三十頁ほどのリーフレット。

自分だけでおこなう革命

生に「無反省」「無自覚」なまま、子供を産んだものは、全て、愚かな自己擁護者であって、巨大な生の中の自己についての一片の想念だに彼の脳裡を掠めすぎたことはない。

自己と自己の家族の愚かな肯定者、自足者である彼は、常に、ただひたすらひたむきの保存者であって、自他ともに顚覆(てんぷく)し、創造する革命者たり得ない。

ただ「自覚的」に子供をもたぬもののみが、「有から有を産む」愚かな慣例を全顚覆し、はじめてまったく自己遺伝と自然淘汰によってではなく、「有の嘗て見知らぬ新しい未知の虚在を創造」する。

生の全歴史は、子供をもたなかったものの創造のみによって、あやうくも生と死の卑小な歴史を超えた新しい存在史の予覚をこそもたらし得たのである。

従って、この命題を厳密且至当に辿りゆけば、ひとりの子供だにまったく存しなくなった人類死滅に際しておこなわれる革命のみが、本来の純粋革命となる。子供をのこしてきたこれまでのすべての「非革命的」革命なるものを転覆する純粋革命こそ、これまで絶対にあり得なかった不思議な知的存在者をついに創造し得た唯一の栄光をもった最後窮極の革命にほかならない。

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劇中作 名場面 本編

《愁いの王》

「あの遠い紺青(こんじょう)の水平線の上に、たったひとりで俺が住む城を建てよ。」

何人も到達不可能な城

若い王は自らをつきつめにつきつめた暗い望みを

老いた名工は並々ならぬ決意を

深い美しい入江に接続した、幅千尺、深さ三百尺、奥行き五千尺の巨大な堀を

その恐ろしいほど深い底部全面に、老いた名工は数万枚の板を敷きつめて

その上に、高さ四百尺、底辺が八百尺平方もある巨大な方形の箱舟を、五つも奥へ向かって並べ作り始めたのです。

五つの巨大な箱舟がついに出来上がると、

それらはその底部で互いにつながれ、

入江への水門が破られて、堀へ水が注ぎ込まれました。

二百尺近い吃水線を示しながら浮かび上がった五つの箱舟の長い列が、

ゆらゆらと静かな入江から穏やかな紺青の海へと揺らぎ出てゆく

赤銅色の落日

淡紅色の長い帯が幾筋も横に架かった遠い空

五つの箱舟は、中央の箱舟を中心として左と右へ向かってそれぞれ僅かながらも互いに斜めに傾き

老いた名工は狂気の閾の暗い向こうへ

傍に打ち伏している年若い息子は、こう願ったのです

「王よ、もう一度試みさせて下さい。材料はいまのあのまま、あれだけでいいのです。王よ。」

王は瞑目し黙許して立ち去り

あくる日の同じ赤銅色に染まった落日の頃

箱舟は、底部ばかりではなく、その互いの上部をも堅く連結され

黒い棺のように

「われわれの裡の誰とても海上のあそこまで行きつき、

 あの高い浮き城の内部へはいりこむことはできないと

 お前はいう。

 だが、お前の父が、直線は曲線にほかならない、という

 建築士の第一原理にとって

 とうてい容認しがたい怖ろしい背理の中で悩みに悩み尽くしたあげく忽ちついに狂わねばならなくなったことを、

 お前はさてどう思うかな。

 …

 いいかな、平らで丸く、丸くて平な城をこそ

 まさに見事にしっかりと打ち立て、

 この世界の数多い並々ならぬ恐ろしい背理への

 最初の第一歩の挑戦を敢えてしてみてはどうかな。

 いいかな、俺達の遠い後ろにあるあの深い大きな森の全てを

 お前の自由にして

 この大地の隠しもつ秘密の背理をも

 まったく逆にまるごととりこんでしまう不屈不当な覇気を見せよ」

それから数年経った或る薄寒い秋の満月の夜

A:太い木の切り株にひどく瘠せた老人が腰掛けていた

B:蒼白い月の光に蒼白く冷たい石の円形の台地が照らし出された

C:蒼白い石の上にぴんと張られた一本の細綱が見えた

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劇中作 名場面 本編

《死者の電話箱》

それは

両側から伸ばされた長いコードの一方の先端に小さなゾンデを備えたひとつの方形の箱

その暗箱の中央部には時計の針のような長い指針がついた三つの計測器

生と死の淵に立って意識も無くなってしまった患者の耳からゾンデが差し込まれ

患者の耳から差し込まれたゾンデは鼓膜にとどまるのではなく

錐のようにさらに穿孔しながら直接に脳の中に入り込んでゆく。

この巧妙なオペレーターは

小さな伝声管に向かって絶えずこう囁き続けていなければならないのだ。

《聞こえますか…聞こえますか…聞こえますか》

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劇中作 名場面

~エッダ~

太陽は黒く

陸は海に沈み

天空から白熱した星が落ちる。

朦気は罩(こ)め

劫火は荒れ狂い

天空まで灼熱の火炎が燃え上がる。

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劇中作 本編

“自分だけでおこなう革命”

人は瞬間の革命家にしかなれないのだ・・・