シリコニアの出現

ヒトは便利な発明をしては…

それ無しでは自らを生きられなくして来た。

王政、専門分化、家畜化、火薬、資本主義、原子力。これらは役立つと同時に、戦争や貧富の拡大、核廃棄物を生み出す麻薬的な力でもあり、人類を自滅へと誘う力でもある。

最近の例はコンピューターであり、人類はコンピューター無しでは生きられなくなろうとしている。世界にはもう、総人口を超える、100億台ものコンピュータがある。

例えば、スマホのおかげで海外旅行は楽になった。英会話のレッスンや、SNSでの外国人とのやりとり。あらゆる航空券が検索可能で、外国の空港ではタクシーを呼べ、地図を指差せば連れて行ってくれ、行く先々でほぼ何でも支払えるのが今のスマホだ。音声翻訳も可能になるだろう。こんなに便利なものがあっただろうか?これ無しの世界に戻れるだろうか?逆に不安になる。

他の例に目を向けると、経済・政治・戦争も大幅に進化した。毎秒数億回の自動株取引に、機械学習を駆使した大統領選、他国の発電所をハッキングして停止させるサイバー兵器に、自律ロボット兵器。もはやコンピューターが国の優劣を決める時代だ。

コンピューターを発明した人類はこのように…

自らをそれ無しでは生きられなくしつつある。海外旅行は出来ても、そこからスマホが使えない国に越境して無事でいられるだろうか?ということは、我々が生きていけるのは、スマホの電波圏の中だけなのではないだろうか?実は、このユートピアの外周には壁があって、出るものを拒んでいるのではないだろうか?その壁の外は、メディアに扱われることのない、未知なる大海なのではないだろうか?近所のスーパーマーケットに行くことさえ、もはやAmazonで買い物をするより億劫ではないだろうか?

つまり人類はシリコンの大陸〜シリコニアに移住したのだ。そして、その中で生まれ、生き、死ぬようにライフスタイルを変えつつある。この大事件は静かに進行中で、コンピューターについてはあまり公に議論されない。なぜだろうか。

その理由は、人々に議論や思考の素地となるコンピュータ教育がないからだ。コンピューターによる侵攻の最中に、学校では旧態依然としたカリキュラムを教えているままなのだ。教養も大事だが、コンピューター戦争時代の人類には、コンピューター教育がなければならない。それも、コンピューターにまつわる”全て”についての、実戦に耐え得る教育が。

我々は、コンピューターの大陸の上に住んでいる。

私は、世界中に存在するコンピューターの総体のことを、我々が住む大陸〜”シリコニア”と考えている。先ほどの海外旅行者は、国境を越えてはいても、コンピューター無しの領域には出られない。シリコニアの中に閉じ込められているのである。シリコニアは急速に出現した。1900年時点では、電子の謎すら解明されていなかったのに、たった120年後にはコンピューターに支配されているという状況。各論が難解な上に総論の進化が速すぎて、シリコニアの全貌は最先端の技術者しか知らない。

私のいる業界は、想像を絶するものが、毎日のように生み出される世界だ。それは魔法のようでもある。何が本当に起きているのかを理解するには、深い知識が必要である。一見当たり前に見えることが理解を阻害するからだ。

我々は自分の住む世界を理解しているのか?

「コンピューターは電気で動く」ということを例にとって考えてみよう。

これ自体は当たり前のことのように思えるが、そもそも電気を使って何をしているのだろうか。電気を動力とせず、薪を燃やして動くコンピューターは原理的に不可能なのか?コンピューターの部品は主にシリコンと金属であるが、電流が流れるだけで良いのならば、金属のみで動くコンピューターは原理的にありえないのだろうか。そもそも金属にはなぜ電流が流れるのか。なぜ物質の中でシリコンだけが特別で、その発見無しにはコンピューターを作り得なかったのか。また、金属とレアメタルは違うものなのか。レアメタルがなければ、スマホは作れず、争奪のため実際の戦争を引き起こすが、それはなぜだろうか。USBメモリもコンピューターだが電池は入っているのか。あんなに小さく、電源を繋ぐことなく、なぜ情報を記録しておけるのだろうか。シンプルな問いから、疑問は無限に湧いてくる。こうした疑問は表層的な知識では到底答えられないが、量子力学に通じていれば簡単に理解できることでもある。

「コンピューターとはなにか」についても考えてみよう。

例えば、なぜCPUが内蔵されていないと、コンピューターとは言えないのか。そもそもそれは何をしているのか。スティーブ・ジョブズの創業したアップルは世界最初のパーソナルコンピューターを出荷した会社でもあるが、AppleⅠはCPUが工場で大量生産される前の製品である。それはどのように動作していたのだろうか。それは何をするコンピューターだったのだろうか。どうして他のコンピューターではなく、Appleが”最初の”パソコンと言われるのだろうか。これらの問いにはCPUを深く知ることで答えることができるだろう。

なぜコンピューターは人間がプログラムしないと動かないのか。ハッカーは何をするのか。コンピュータークラスターやスーパーコンピューターを使いこなすには、何をプログラムすればいいのか。それは誰にでも、例えば小学生にでもできるものなのか。プログラミング自体は、進化しているのだろうか。進化しているとすれば、なぜプログラマという職業は自動化されて、なくなってしまわないのだろうか。これらの疑問に対しては、コンピュータ科学の発展の歴史を解説したい。

ディープと量子の世界を科学的に記述すること

そして21世紀のアルゴリズムの主役となるであろうディープラーニング。これは私が実際に仕事で関わる割合の多い分野でもある。

ディープラーニングはなぜコンピュータークラスターで実現するのが難しいのか。なぜGPUがディープラーニングに使われているのか。なぜディープラーニングを実行するためだけに自分で半導体工場のようなものをたて、自分で設計したデバイスを製造するようなことが行われているのか。なぜディープラーニングは簡単であるというアジテーターはたくさんいるのに、誰もがディープラーニングできていたり、学校で教えてくれる世界は実現しないのだろうか。

最後に、地上最速と言われる量子コンピューターは、なぜ通常のコンピューターの数億倍高速であると言われるのか。半導体を動作させているのも量子力学の原理だが、量子コンピューターの原理と量子力学の原理は同一のはずなのに、なぜ違ったコンピューターになってしまうのか。量子コンピューターの開発は~年前に始まったはずなのに、なぜ未だに発売されていないのか。

これらのことは、たとえ疑問に思ったことがあったとしても、誰に聞けばいいのかわからない。私は、大学教育の終わった4年後にこの知識の総体に気づいたのである。この知識の総体の存在を、高校生の時までには知っておくべきではないのか。

こうした広くて深い知識を伝えるために、私はシリコニアの本を書こうと思った。

この本では、1900年に端を発する量子力学の登場から初めて、半導体物理、CPU、プログラミング、21世紀のアルゴリズムの主役となったディープラーニング。この本では、初心者向けの本では完全に省かれてしまうような数式や説明を徹底的に掲載し、120年の全詳細を解説する。

※シリコニアとは、シリコンと架空の国家オセアニア(ジョージオーウェル”1984年”から引用)を組み合わせた造語です。

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