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静止した電子
前章では静止した電子雲が「波動関数」であり、動径関数と球面調和関数の積であることを説明した。
ところで、この本はコンピューターの本である。コンピューターは電流で動く。電流とは電子の流れのことだから、電子にも速度があることがわかる。
いったい電子雲が速度を持つとはどういうことなのだろうか。速度を持ったら、電子雲の形が崩れてはしまわないのだろうか。
運動する電子
前章で説明した通り、電子は固定した(x,y,z)を持った点というよりは、xyz空間に無限に広がる波であるといったほうが「より」正しい。無限に広がるとは、確率的に存在するということであり – 波動関数は、「特定の位置xにおける粒子の存在確率」を計算するのに使える。
これは”共役物理量”である運動量についても成り立つ。電子は固定した(px,py,pz)を持った点というよりは、px-py-pz空間に無限に広がる波なのだ。無限に広がるとは、確率的に存在するということであり – 波動関数は、「特定の運動量pにおける粒子の存在確率」を計算するのに使える。
電子の速度は、この運動量を質量mで割ればわかる。ただ問題は、その運動量が不確定であるということだ。
フェルミオン(fermion)
電子雲は捉えようのないもので、位置も運動量も不確定である。さらに、複数の電子が同時に存在すると以下に説明するエンタングル現象を起こす。これがもっとも不可解な電子の性質、すなわち「フェルミオン」であることである。しかし実は、これが原因で、あとで自由電子の速度が判明するのだ。
フェルミオンとは、2つの粒子の位置を交換すると波動関数が-1倍になる粒子のことである。(以下の波動関数は、「フェルミオン2つをまとめた状態」の波動関数)。
このことは直感に真っ向から反している。なぜかというと、まず、われわれは直感的に、2つ電子があったら、それらは独立に存在するし、その区別が付くはずだと思っていると思う。しかし電子についてはそれは間違いだというのが動かしようのない事実なのだ。
2つのフェルミオンは独立に存在することはできない。まず2つのフェルミオンψ1とψ2が、同時に同じ1粒子状態Φをとることはできない(状態を表す無限個の複素数を、複素数倍を除いて同じになるようにはできない)。もしそうなら、2粒子状態ψ_12は、
を任意の関数Φに対して満たす。つまり、状態ψは0であり、存在確率も0である。(パウリの排他律という。パウリは1945年のノーベル物理学賞。)
「2つの電子が存在する状態」は「2つの電子が存在する状態」であり、「1つの電子が存在する状態」を「2つ合わせたもの」ではない – だから、エネルギー縮退を除いて、2つの電子が同じエネルギーをとることもない。
パウリの排他律の例は、原子軌道である。以下のグラフは、例えばアルミニウムの原子で、13個の電子が、どのようなエネルギーをとるかの確率分布である。(1S, 2S, 2P, 3S, 3P, 3Dがちょうど全部埋まる=水色の線が成り立つ)
金属中の電子
金属中では、正の電荷を持つ原子核が規則的に配列していることがわかっている。その間を速度を持った電子雲が定常波として存在している。ではその波の形はどう決まるのか。
答えは、フェルミ-ディラック統計である。(フェルミは1938年のノーベル物理学賞。ディラックはシュレーディンガーとともに1933年のノーベル物理学賞。)金属中でもパウリの排他律が成り立ち、速度の確率分布が決まるのだ。
エネルギーεから電子の速度を計算する方法は次章以降に説明する。
マクスウェル-ボルツマン分布
フェルミ-ディラック統計以前の理論を使うと、ほぼ全ての電子の速度は0になってしまうはずであった。これは、自由電子の存在と矛盾していた。これはマクスウェル-ボルツマン分布と呼ばれており、理想気体では正しく成り立つ。
上の式にv=0を代入すると確率分布が最大値をとることがわかる。
ボソン(boson)
おまけではあるが、コンピューター部品の理解には光子(photon)も欠かせない。光子はフェルミオンではなくボソンである。ボソンは、フェルミオンと対照的な性質
を持つ粒子である。こちらは「ボース=アインシュタイン統計」に従う。(アインシュタインは1921年のノーベル物理学賞。)とくに超電導の章で出てくる。
ここまでのまとめ
電子雲にも速度はある。
その速度は、フェルミオンの性質(フェルミ=ディラック統計)から計算できる。
Q&A: なぜ2乗すると確率になるのか
A: 量子力学は全て、科学実験の結果を根拠としている。だから、「波動関数の大きさを2乗すると存在確率になる」という突拍子のない主張も、その根拠となる実験結果があるわけである。
よく使われるのが、「二重スリット実験」である。電子銃から発射した電子に2つの穴が空いたパネルを通過させる。電子は2つの穴のどちらかを通って、パネルの後ろのスクリーンに追突する。事実は以下の通りである。
- 衝突後は1点になる。
- 多数回実験すると、縞模様が生じる。
前者は電子が粒子であることを表しており驚きはない。
後者の縞模様に対して、「頻度主義」を用いて確率を定義すると、電子の存在位置に関する確率密度関数(PDF:Probability Density Function)=f(x,y)が得られる。このf(x,y)の大きさが、なぜか波動関数の大きさの2乗|ψ|^2に一致してしまうのである。解釈はほぼ不可能だが(コペンハーゲン解釈という解釈はある)、事実がそうなので仕方がない。
そのため、電子の存在確率を実験で観測して、その「ルート」をとったものを、波動関数と定義したと解釈することも可能である。なぜ「ルート」を複素数で考えるのかというと、干渉現象を再現できるようにするためだ。波動関数が実数だとすると、ふたこぶの正規分布になるはずだが、事実は奇妙なことに縞模様となるので実数ではないことがわかる。波動関数が複素数だとすると、縞模様が再現できる。それ以上複雑なものであるとあえて考えることを示唆する実験結果は今のところない。
Q&A: 複素数はなぜ波を表現できるのか
A: 全ての複素数は、以下の形(極座標表示)をしている。
この「exp」の部分は「三角関数」と呼ばれており、波の形をしている。そのため、複素数同士の足し算により、波が強め合ったり打ち消しあったりする現象を記述できるのである。
Q&A: フェルミディラック統計とパウリの排他律
A:フェルミオン=同じエネルギーを2つの電子が取れない
フェルミディラック統計の横軸はエネルギー
図の見方:エネルギー=μ(定数)まで電子の存在確率が1, それ以上になると0
エネルギー準位を下から電子が埋めていく
「フェルミオンの性質のおかげで、自由電子が生じる」
その他のQ&Aも、コメントをつけていただけたら出来るだけお答えします。
理解度確認
フェルミ分布の式の形は
です。βは「逆温度」と呼ばれ、1/Tと同じ。μはひとまず1。エネルギーE=0の確率と、エネルギーE=∞の確率を計算してみましょう。温度Tは300ケルビン。
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