§3-1 旅人

要約(p9~p15)

ツァラトゥストラは真夜中に尾根を歩いていた。翌朝船に乗り「至福の島」を出るために。

漂白と登攀は彼の本質であり、山頂と深淵は偉大さへの道であった。過酷な不可能な登攀の道をツァラトゥストラは求めた。

山頂から星を眼下に見渡すこと、あらゆる事物の根底を見渡すことを彼は求めた。

道のりが苛烈であるほど、それはむしろ彼の慰めとなった。

山頂に着くと、星と山向こうの海が広がっていた。彼は自分の「運命」を悟った。暗黒の中で身悶えする海、暗い怪物に彼は降りて行った。

彼は暗い怪物をも救おうとしたのだ。

命あると感じたものすべてを救おうとする自らの衝動に気付き、ツァラトゥストラはそれを笑い飛ばした!

しかし自らが救おうとしたが袂を分かってきた友人たちを思い出し、彼はたちまち泣いたのだった。

解説

星(喜ばしい知識)」にも、「孤高の救済者」のイメージは歌われているが、ここでは救済者の葛藤が描かれている。

ツァラトゥストラは宇宙全てを救おうとしており、暗い夜の海に語り掛けるシーンは圧巻である。

高貴な人間=救済者の感じる魂の苦境が描かれた。

§49 寛大さ

寛大さは形を変えたエゴイズムである。

寛大な人間は「振幅」が大きいだけで、突発的な感情の変化が、嫌悪から満足へと極端な変化をさせるのである。

我々は寛大な人間に感銘を受けるが、彼は極端に復讐に飢えた人間でありながら、満足も過度にしてしまう。その結果嘔吐を覚え、敵を許し、敬意を払い、敵を祝福しさえする。この、エゴイズムから発する強烈な衝動の一面が寛大さであるに過ぎない。

§4 種を維持するもの

人類を進歩させるのは悪の衝動である。進歩とは古いものを破壊することだからだ。

善人なる人々は、破壊せず、古代の思想の蓄積を掘り下げ、うまく知識を取り出して生きる。さながら精神の農夫である。しかしいつかはどんな土地も枯れ果てる

悪人はそこに鋤を持って現れ、保守的なもの、境界石となるものをすべて取り除く。とりわけ信仰心を傷つけ、整然と秩序付けられた社会を破壊する。

悪人こそが新たな道徳や宗教をもたらし、眠り込んでいる情熱に火をつけるのだ。

§3 高貴と低俗

高貴さとは、情熱を持つことである。この情熱は打算的な理性を眠らせてしまう。それで、ありきたりの人々にとっては、高貴な人がわざわざ損をして、くだらないものに熱中しているように思われる。

低俗な人々は、ひたすら自分の利益だけを見つめて、それを理性的だと思っている。高貴な人々は、非理性的である。高貴な人々は、危険も死もいとわない。高貴な人々を動かすのは頭脳ではなく、心臓であり、情熱である。高貴な人間は、理性を蔑んでさえいる。

低俗な人々にとって高貴な人々は風変わりで理解不能な存在である。高貴な人々も人間社会の愚劣さと支離滅裂さを糾弾する。これが高貴な人々の悪癖である。