§3-14 快癒に向かう者

要約(p128-140)

ツァラトゥストラが洞窟に帰ってきて数日後、彼は突如寝床から跳ね起きて、狂人のように叫んだ。

起きてこい、深淵の思想よ!

(…中略…)

動き出したな?のどを鳴らしたな?はっきりモノを言え!

(…中略…)

―おお、うれしや、私の深淵が口を利く!有難い!近寄れ!

―うっ!離してくれ! -嘔吐、嘔吐、嘔吐!

ツァラトゥストラは死人のように倒れ、7日間眠り込んだ。しもべの鷲と蛇は彼のそばを離れず、看病し続けたが、遂に彼が回復したとみてこう尋ねた。

新しい知恵、重たい知恵があなたのもとにやってきたのでしょう。

起き上がりこの洞窟から出ましょう。外では万物は勝手に踊り、あなたを癒す。外では永遠の円環が回っている!

ツァラトゥストラは答えた。

私の動物たちよ、おまえたちのお喋りを聞いていると私は気が晴れる。

だが私の外に「外界」などないのだ。

深淵の思想は私の喉に入り込み、息の根を止めた。私はその頭を嚙みちぎり、吐き捨てた。

その苦しみをただ見物していたとは、動物たちよ、まるで人間のようではないか?偉大な人間の苦痛に、「同情」をもって寄り集まる小さな人間たち。躍起になって生に文句をつけるが、生に逆らえない人間たち。

人間はよりよくなると同時に、より悪くならなければいけない。人間における最悪も知れたもの、人間における最善も知れたものでしかない!

私は人間を嫌悪する。

だが、その嘔吐すべき人間たちは永遠の円環に乗って無限に回帰して来る。 -嘔吐、嘔吐、嘔吐!

鷲と蛇は彼が語るのを止めた。そして彼、快癒に向かう者に、語るのではなく歌うことを勧めた。

ツァラトゥストラは「永劫回帰の教師」となった。彼は目を閉じて、静かに自らの魂と語り合っていた。動物たちは彼の周りに漂う大いなる静寂を恐れて去った。

解説

生を嫌悪する人間たちと、人間を嫌悪するツァラトゥストラは同じなのではないか。それでは、ツァラトゥストラは人間ニーチェの人間的な部分の表出に過ぎないことになってしまう。

ツァラトゥストラはそう行動しない。永劫回帰を歌い教え、嘔吐すべき人間の無限の回帰さえも「太陽の没落」として祝福するのである。

§3-2-1 幻影と謎-重力の魔との対峙

要約(p15~19)

悲嘆に暮れたツァラトゥストラは乗船後2日間心を閉ざしていたが、乗船者の冒険譚に共感するうちに舌は緩み心は氷解した。彼は自分の体験を打ち明けよう、といった。

ある夕闇の登攀、「重力の魔」が肩にのりこういい続けた。

「おお、ツァラトゥストラよ、あなたは知恵の石だ!あなたはあなた自身を高く投げた

― しかし投げられた石はすべて - 落ちる!」

彼は登攀の間悩まされ続けた。しかしついに勇気を出し、覚悟を決め、生を肯定し、魔の小人に対峙した。

ちょうど門のあるところに来ていた。小人は肩を飛び降り、目の前の石に腰かけた。

解説

投げられた石が人々の仰ぎ見る星を破壊し、しかし元の石に落ちる。

この光景は、ツァラトゥストラが真理を悟り、既存の概念を打ち砕いても、人々には何の影響も及ぼさず、かえって絶望して自己を破壊するという未来のメタファーとなっている。

§3-1 旅人

要約(p9~p15)

ツァラトゥストラは真夜中に尾根を歩いていた。翌朝船に乗り「至福の島」を出るために。

漂白と登攀は彼の本質であり、山頂と深淵は偉大さへの道であった。過酷な不可能な登攀の道をツァラトゥストラは求めた。

山頂から星を眼下に見渡すこと、あらゆる事物の根底を見渡すことを彼は求めた。

道のりが苛烈であるほど、それはむしろ彼の慰めとなった。

山頂に着くと、星と山向こうの海が広がっていた。彼は自分の「運命」を悟った。暗黒の中で身悶えする海、暗い怪物に彼は降りて行った。

彼は暗い怪物をも救おうとしたのだ。

命あると感じたものすべてを救おうとする自らの衝動に気付き、ツァラトゥストラはそれを笑い飛ばした!

しかし自らが救おうとしたが袂を分かってきた友人たちを思い出し、彼はたちまち泣いたのだった。

解説

星(喜ばしい知識)」にも、「孤高の救済者」のイメージは歌われているが、ここでは救済者の葛藤が描かれている。

ツァラトゥストラは宇宙全てを救おうとしており、暗い夜の海に語り掛けるシーンは圧巻である。

高貴な人間=救済者の感じる魂の苦境が描かれた。