§13 オフィス環境進化論

画一的なオフィス

画一的な机と壁の繰り返しのオフィスは、良くない。さらに、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、騒々しいのは論外だ。これらは、管理者によるマスタープランの押し付けといえる。

有機的なオフィス

これに対抗するのが、『たゆみなき建設方法(The Timeless Way of Building)』である。

クリストファー・アレグザンダーは、画一的なマスタープランの押し付けを排し、メタプランという新概念を導入した。

メタプランの元では、全体の各部署が独立して異なる進化を遂げる。それは、現場の従業員の要望により作られる。そしてそこには、有機的秩序が生まれる。

例えばケンブリッジ大学は各カレッジが『住居部分を中庭に配する形式』だが、それぞれ個性的な特徴を備えており、中庭・入り口・端・ボート小屋・遊歩道などすべてのパーツが異なる。

各部は独立に進化するが、類似のパターンを備えており、アレクザンダーはそれを『パターン・ランゲージ』と呼んでいる。

パターンの成功例

オフィスでは、次の4つのパターンがうまく行っている。

  1. 組み立て式オフィス
  2. 窓の存在
  3. 屋内と屋外のスペースの調和
  4. 共通場所の存在

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§12 まずはドアから

オフィスでの生産性を上げるためには、「ドア」(個室)を復活させ、「呼び出し放送」を撲滅することが必須である。なぜなら、生産性は各エンジニアのフロー状態によって決まるからである。

しかし、非力なプログラマーにそんな改革が出来るのだろうか?まずは、みんなが集まって意見を出し、オフィス環境に不満を持っているのは自分だけでないことを理解することである。

次に立ちはだかるのは、次のような反論である。

  • プログラマは「インテリ」であり、オフィスが賑やかでケバケバしくなったところで影響されない。
  • BGM(バックグラウンドミュージック)を流せば騒音問題は解決する。
  • 個室はコミュニケーションを阻害し、生産性や活気を失わせる。

ケバケバしさについて

外見にこだわるあまり、生産性を低下させるのはばかばかしい。騒音・プライバシー・割り当て面積にこそコストを掛けるべきだ。

BGMについて

1960年代に、コーネル大学で「生産性と音楽について」というテーマで一連の実験が行われた。

コンピューターサイエンス学科の学部学生を音楽を聞きながら勉強するのが好きな学生と、静かでないと手のつかないグループに分けた。

音楽の影響が認められ無かった要素

完成に要した時間 正確さ

これらは左脳に影響されるため、右脳への負荷が影響しなかったと考えられる。

音楽の影響によりパフォーマンスが下がった要素

パターンの発見能力

仕様書には書いていないが、入力データを左に2桁シフトし”100″で割って出力する部分は、何もしないことに等しかった。

これに気づいた学生もいたし、気づかなかった学生もいたが、重要なのは、気づいた人の大部分が無音室側の学生だったことだ。

つまり、BGMは右脳の独創的な思考の飛躍を阻害するのである。

活力あるオフィス

「一人で作業をすると生産性が低下する」という反論はそうかもしれない。しかし実験では、2人による作業が最も労働時間比率が高いことが分かった。よって、2~3人部屋にするのがよい。そうすれば、より意味のあるコミュニケーションだけが生まれる。

オフィスの管理のあるべき姿は、十分なスペース、静かさ、プライバシーを確保してやり、あとはおのおのに「究極のオフィス環境」を作らせることだ。最も作業効率の良いオフィスは人によって異なるもので、画一的にコピーできるものではないからだ。

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§10 頭脳労働時間 対 肉体労働時間

知的労働者の生産性が最高になるのは、1人で作業をしているときだ。2人以上の作業は、次の仕事の準備や休憩のようなものだ。

1人になることが必要なのは、心理学で言うフロー状態の恩恵にあずかるためだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC_%28%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%29

フロー状態になるには15分以上の集中過程が必要で、割り込みがあればその状態に戻るのに15分を要することになる。電話の応対に5分、フロー状態に戻るのに15分とすれば、一日20回電話がかかってくれば丸一日潰れる計算になる。この状態では、肉体労働時間は8時間だが、頭脳労働時間は0時間である。

E係数

「割り込み無しの時間数」÷「肉体労働時間」をE係数(環境係数)と呼んで測ってみると、同一企業内であっても部署が違うと大きく異なっていた。ある政府機関では最高0.38、最低0.10であった。これは、最高の部署では最低の部署の3.8倍の時間長く働けることを意味する。そして、これは部屋の面積に比例していた。

つまり、オフィスの家賃をケチる意味は無い。

E係数を根気良く測定することで、周りの人間が労働時間に対して持っている考え方を真摯なものに変えることが出来る。管理職がE係数を見る必要はない。優秀なエンジニアはそれに気づけば、自分で自分を改善していけるのだ。

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§9 オフィス投資を節約すると

IBMがサンタ・テレサに研究所を建てるために行った調査で、以下のことが明らかになった。

  • 一人当たりのスペースは9.0平方メートル以上が望ましい
  • 机の広さは2.7平方メートル以上が望ましい
  • 騒音対策が必要

つまり、知的労働者には広くて静かな場所が必要なのだ。
(要約者注:最近流行の、「googleやITベンチャーみたいな楽しそうなオフィス」ではない点に注目!)

なぜ広くなくてはいけないのか?人口密度は広さに反比例する。そして、騒音は人口密度に比例するのだ。

エンジニアが仕事をするために、空いている会議室や図書館、コーヒーショップに籠もっているならそんなオフィスでは仕事がまともに出来ないことを意味する。

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§8 プログラムは夜出来る

オフィス環境が悪いから、「プログラムは夜出来る」。このことを証明するデータがある。

トム・デマルコとティモシー・リスターは、1984年から「プログラミングコンテスト」という競技を行い、データを取っている。

  • 同一企業のプログラマー2人1組をチームとする
  • 共通の仕様書に基づいて中規模プログラムを設計開発する
  • 2人のプログラマは作業を分担せず、全く同じ作業をする
  • 各チームは一箇所に集めず、彼らの企業の自席で作業をしてもらう
  • プログラムをテストするプログラムは決まっており、残存バグ個数を検出し作業時間とあわせて計算してスコアを出す

結果

  • 最優秀者の成績は最低者の約10倍
  • 最優秀者の成績は平均値の約2.5倍
  • 上位半分の成績の平均は、下位半分の成績の平均の2倍以上

分析により、以下の要因が生産性に関係が無いことが分かった。

  • プログラミング言語
  • 経験年数(10年選手も2年選手も同じ。半年以内の新人は論外として除外した)
  • 残存不良数
    これは、バグ0だったチームは、作業時間も短かったということである。
    つまり、品質を高めるために、生産性を犠牲にするという事象は起こっていない。
  • 年収

では最大の生産性決定要因は何か?それは

  • どの企業で働いているか
    つまり、
  • オフィス環境

である。その証拠に、同じ企業に所属する2人の生産性の差は高々たった21%に過ぎなかった。つまり、最優秀企業の成績は最低企業の約10倍なのだ。

意外な結論

なんと、最終的にはオフィスの人口密度が相関することが分かった。上位1/4の一人当たりのスペースは7.0平方メートル、下位1/4のスペースは4.5平方メートルだったのだ。以下の条件が有意な相関であった。

  • 一人当たりのスペース
  • 静かさ
  • プライバシーの確保
  • 電話の消音機能の有無
  • 電話の転送機能の有無
  • 無意味な割り込みが少ないこと

これらが保障されないオフィスでは、人が居ない夜中や早朝、もしくは休日にプログラムが出来上がるのである。

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§7 施設監査本部

知的労働者を仕事に打ち込ませるために必要なオフィス環境は、

  • 個室
  • 自然の光が入り、眺めの良い席
  • 社内放送が無い

ものであるはずなのに、実際のオフィスは窓の無い部屋に画一的に詰め込まれた刑務所のような場所だ。信じがたい話だが、ある会社では、1人を呼び出すために、ガリガリガリと音のするスピーカーを鳴らし、何千人もの従業員の頭脳労働を中断させているのだそうだ。

エンジニアが知的労働者であることを無視して効率化によりこうしたオフィス環境改悪を行うのが「施設監査本部」だ。

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§6 ガンに良く効く?ラエトライル

ラエトライルとは、アンズの種を絞って採れる無色の液体で、末期がんの治療薬としてメキシコで売られているものである。
IT業界でも、生産性を劇的に改善するという「技術的ラエトライル」のカモにされる人が後を絶たない。

両者の共通点は、証拠を見ずに解決策に飛びつく点である。個別に反論していこう。

  1. 生産性を飛躍的に向上させる方法がある。
    →すでに効果が出て誰もが気づいているはずだ。
  2. 他の管理職は2倍以上の改善成果を挙げている。
    見せ方が上手いだけだ。全体像を見れば、2倍改善していると言えるはずがない。
  3. 技術の進化においていかれてしまう。
    →それは問題の一部だ。人に関する問題にも目を向けよう。
  4. プログラミング言語を変えれば、生産性は飛躍的に向上する。
    →コーディング工程は5%くらい改善するかもしれないが、それは問題の一部だ。人に関する問題にも目を向けよう。
  5. バックログの多さから逆算して、生産性を2倍にする必要がある。
    →最初に楽観的に計画しただけだ。むしろ、金食い虫となってしまった悪いバックログを切り捨てるべきだ。
  6. 全てを自動化すれば生産性は飛躍的に向上する。
    →エンジニアの最も大切な仕事は人とのコミュニケーションであることを忘れている。
  7. 部下にプレッシャーをかければ、2倍働く。
    やる気をなくして、生産性が落ちるだけだ。

トム・デマルコの元上司シャロンこそ、本物の上司だった。彼女は人を働かせるのではなく、人を働く気にさせてくれた。(この感動的なエピソードについては、是非原文を参照のこと!)

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§5 パーキンソンの法則の改訂

納期設定を誤らせてきたのは、「パーキンソンの法則」と呼ばれる一種のユーモアである。

「与えられた仕事をするのに、時間はいくらあっても余ることはない。」

これはつまらない仕事をだらだらする場合には当てはまるかもしれないが、高い品質を実現することにやりがいを覚えるエンジニアには当てはまらない。

エンジニアが職務を遂行出来ない理由はむしろ、

  • 能力不足
  • 自信不足
  • 人間関係

などであり、これらはどれ1つとして厳しい納期によるプレッシャーでは解決しない。

管理職が口を出すのも意味がない。チームワークとは、チームのメンバー同士が助け合うことだからだ。管理職の仕事はそうした風土を醸成することだ。

ちなみに、パーキンソンの法則を否定する実験結果が1985年に出ている。

以下の実験は

エンジニアは自分で立てた目標値を達成するためにこそ努力する

ということを裏付けている。

目標を立てた人 生産性(平均)
エンジニア 8.0
管理職 6.6
二人で相談 7.8
第三者が決める(アナリスト) 9.5
目標なし 12.0

確かにエンジニアが1人で決めるのが成績が良い。また、4番目の列から、より正しい目標を専門家が決めることでより向上させる可能性があることは否定できない。

管理職の成績が一番悪いのは、彼らがより間違った目標、つまり厳しい納期を設定するからだ。不合理な納期を設定されることで、エンジニアのモチベーションが地に墜ちるのである。

そして、最高の生産性をたたき出すのは、誰も彼らに口を出さない環境である。

つまりパーキンソンの法則を改訂するとしたら、こうなのだ。

組織の管理業務をするのに、時間はいくらあっても余ることはない。

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§4 品質第一 – 納期さえ許せば。

人を投入するか、実現する機能を削るかという選択権がない場合、厳しい納期に間に合わせるために、 犠牲にできる唯一のものは品質である。

大抵の人は、自尊心を、自分の作った製品の質と強く結び付ける傾向があるため、製品の質を落としかねない厳しい納期設定は、感情に火をつけることになる。

ユーザーが最も気にするのは納期である。過度な高品質は納期オーバーの埋め合わせにはならないと考える。しかし、長い目では、市場ベースの低い品質要求は、余計なコストがかかる。そこで次の教訓が得られる。

エンドユーザーの要求をはるかに超えた品質水準は、

生産性を上げる一つの手段である。

エンドユーザーの要求をはるかに超えた品質水準を作り上げるには、価格と品質はトレードオフの関係にあるという考えを排除することである。反対に、高品質がコスト低減をもたらすと考えるべきである。

ヒューレット・パッカード社は、開発者が設定した高い品質基準によって生産性を上げ、利益を得ている企業の例である。同社のエンジニアは市場が要求する品質よりはるかに高水準の品質を自分が供給するという社風を負っていることを十分に認識している。品質に対するこうした共通認識は、仕事に対する満足感や、業界で最も低い退職率としても表れている。

日本の企業、特に日立ソフトウェアエンジニアリングと、一部の富士通の部門では、十分な品質水準に達していないと判断された製品の出荷を拒否する強力な権限をプロジェクトチームが持っている。顧客が、品質基準以下でも何でもいいから早く出荷してはしいと切望しても、出荷品質基準に達しないかぎり出荷を延期するのである。

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