美の主観的側面は、主観が意志への奉仕から解放され、純粋認識になることであった。この章では美の客観的側面について論じる。
何物も純粋認識を拒むことはないから、どんなつまらないものも美しいといえる。それにもかかわらず、あるものが他のものより美しいということが起こるのはなぜか。それは、
- 「何(what)」のイデアか(イデアの段階性)
- それが「どのくらい(how)」イデアを伝達しやすいか(芸術の形式)
に左右されるからである。
本章では、「何」のイデアか、がどの程度美しさに影響するかについて論じる。
イデアには高位のイデアから低位のイデアまでの段階性があるから、最高位のイデアである人間の本質の解明こそが最も美しい。これが芸術の最終目的である。
逆に最低位に近いイデアは無機物のイデアであるが、どんなつまらないものも美しいといえる。低位のイデアとして、椅子や机といった人工物にもまたイデアはある。しかし、人工物は形式であって、人工物のイデアは素材のうちに現象しているイデアであることに気を付ける必要がある。