§16 ここにいるのが楽しい

退職コストの算出

目に見える退職のコストは、

採用コスト+立ち上がりにかかる期間(半年)分の人件費

である。これは、全人件費の約20%にも及ぶ。

しかし、さらに目に見えない退職のコストも存在する。退職率の高い企業では、誰も長居しようとしないから、誰もが短期的に物事を考える傾向にある。すると、どうなるだろうか。

  • 優秀な人材を辞めさせないために、彼らを異様に速く昇進させる
  • 職制ピラミッドの最下層の人々がすぐ退職してしまうため、管理職が異常に多くなる
    (例えば、40年の会社生活のうち5年目に管理職になった場合、15%の平社員が85%の管理職を養っている)
  • そのあおりを食って、平社員の給料が水準以下になる。
  • 悪い待遇の下で、入社2年以内の社員が製品を開発するため、品質が著しく劣化する。

コメント:過去に私が在籍していた企業には、これら全ての点が当てはまっていた。

退職の理由

退職率が50%を超えてしまうような会社では、退職のほとんどが次の理由である。

  • みんなが会社を腰掛けと考えている。
  • 会社が従業員を使い捨てにしている。
  • 従業員のロイヤリティが低い。

コメント:過去に私が在籍していた企業には、これら全ての点が当てはまっていた。

移転という自殺行為

さらに、本社移転によって退職率を跳ね上げる愚かな企業がある。

彼らが完全に無視しているのは女性の存在である。男性の従業員にも、引っ越せない事情の配偶者はいる。

その結果、本社移転は、第一次世界大戦の塹壕での死亡率よりも高い退職率をしばしば叩き出す。

永続性のメンタリティー

退職率が極めて低い組織はそれぞれ独特な個性を持っているが、あえて共通点を上げるとすれば、それぞれがベストの職場を作り出そうとしているということだ。

ベストな職場を作る努力は、長期的視点無しにはなしえない。

最良の組織には、永続性のメンタリティー、つまり、

「他の会社に移ろうとするやつはバカだ」

という空気が漂っている。

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§15 お手玉使いの曲芸師を雇う

実技試験

お手玉使いの曲芸氏を、お手玉を見ずに雇う人はいない。

だが、プログラマの採用となると、現実に目の前でコードを書かせることは稀である。

カナダのある教授は、学生に成果物のリストを持参させることで、学部の就職実績を著しく向上させた。それまでは、求人側が応募者に一覧表を指示することは余りなかったために、求人側は例外無しにこのリストに驚くことになったのだった。

オーディション

そこで、エンジニアの採用に当たっては、「オーディション」の開催を提案したい。

オーディションでは、過去にやった仕事について、チームの前で、10分~15分話してもらう。それは技術でもよいし、管理でも良い。

ソフトウェア開発のビジネスは、技術的ではなく社会学的である。この方法で、未来の同僚(現在のチームメンバー)からのフィードバックを得ることが出来、その人が作業やチームに適応できるかどうかについて精度の高い予測が得られる。また、その人がチームに溶け込むのも速くなる。

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§14 ホーンブロワー因子

先天性

英国王室海軍の将校、ホレイショー・ホーンブロワーの考えはおおむね正しい。それは、「成功者は作られるのではなく生まれながらのものである」という考えである。

確かに上司と部下の関係は一時的なもので、上司が部下の人格を変えることは出来ない。出来ない部下を出来るようにすることは上司には出来ないのかもしれない。だから、企業にとってはどのように優れた人材、並外れた人材を集めるかが最も重要である。

組織の画一化

しかし、普通の人は、並外れた人材を恐れ、普通の振る舞いをする外見の良い人材を採用する傾向がある。

また、とっぴな行動を恐れ、標準的なルールをおしつけ、『プロらしい振る舞い』という下らない言葉で、行動を画一化しようとする。

だから、企業内ではエントロピーは常に増加する。エントロピーの増加とは、物理学で、画一化の進行を意味する概念である。

組織の死後硬直

そのため、古い企業は優れた人材を集めることが出来ない。

そのような『死後硬直』した企業では、自分のプロジェクトだけはせめて生き生きと活動させるしかない。

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§13 オフィス環境進化論

画一的なオフィス

画一的な机と壁の繰り返しのオフィスは、良くない。さらに、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、騒々しいのは論外だ。これらは、管理者によるマスタープランの押し付けといえる。

有機的なオフィス

これに対抗するのが、『たゆみなき建設方法(The Timeless Way of Building)』である。

クリストファー・アレグザンダーは、画一的なマスタープランの押し付けを排し、メタプランという新概念を導入した。

メタプランの元では、全体の各部署が独立して異なる進化を遂げる。それは、現場の従業員の要望により作られる。そしてそこには、有機的秩序が生まれる。

例えばケンブリッジ大学は各カレッジが『住居部分を中庭に配する形式』だが、それぞれ個性的な特徴を備えており、中庭・入り口・端・ボート小屋・遊歩道などすべてのパーツが異なる。

各部は独立に進化するが、類似のパターンを備えており、アレクザンダーはそれを『パターン・ランゲージ』と呼んでいる。

パターンの成功例

オフィスでは、次の4つのパターンがうまく行っている。

  1. 組み立て式オフィス
  2. 窓の存在
  3. 屋内と屋外のスペースの調和
  4. 共通場所の存在

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§12 まずはドアから

オフィスでの生産性を上げるためには、「ドア」(個室)を復活させ、「呼び出し放送」を撲滅することが必須である。なぜなら、生産性は各エンジニアのフロー状態によって決まるからである。

しかし、非力なプログラマーにそんな改革が出来るのだろうか?まずは、みんなが集まって意見を出し、オフィス環境に不満を持っているのは自分だけでないことを理解することである。

次に立ちはだかるのは、次のような反論である。

  • プログラマは「インテリ」であり、オフィスが賑やかでケバケバしくなったところで影響されない。
  • BGM(バックグラウンドミュージック)を流せば騒音問題は解決する。
  • 個室はコミュニケーションを阻害し、生産性や活気を失わせる。

ケバケバしさについて

外見にこだわるあまり、生産性を低下させるのはばかばかしい。騒音・プライバシー・割り当て面積にこそコストを掛けるべきだ。

BGMについて

1960年代に、コーネル大学で「生産性と音楽について」というテーマで一連の実験が行われた。

コンピューターサイエンス学科の学部学生を音楽を聞きながら勉強するのが好きな学生と、静かでないと手のつかないグループに分けた。

音楽の影響が認められ無かった要素

完成に要した時間 正確さ

これらは左脳に影響されるため、右脳への負荷が影響しなかったと考えられる。

音楽の影響によりパフォーマンスが下がった要素

パターンの発見能力

仕様書には書いていないが、入力データを左に2桁シフトし”100″で割って出力する部分は、何もしないことに等しかった。

これに気づいた学生もいたし、気づかなかった学生もいたが、重要なのは、気づいた人の大部分が無音室側の学生だったことだ。

つまり、BGMは右脳の独創的な思考の飛躍を阻害するのである。

活力あるオフィス

「一人で作業をすると生産性が低下する」という反論はそうかもしれない。しかし実験では、2人による作業が最も労働時間比率が高いことが分かった。よって、2~3人部屋にするのがよい。そうすれば、より意味のあるコミュニケーションだけが生まれる。

オフィスの管理のあるべき姿は、十分なスペース、静かさ、プライバシーを確保してやり、あとはおのおのに「究極のオフィス環境」を作らせることだ。最も作業効率の良いオフィスは人によって異なるもので、画一的にコピーできるものではないからだ。

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§10 頭脳労働時間 対 肉体労働時間

知的労働者の生産性が最高になるのは、1人で作業をしているときだ。2人以上の作業は、次の仕事の準備や休憩のようなものだ。

1人になることが必要なのは、心理学で言うフロー状態の恩恵にあずかるためだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC_%28%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%29

フロー状態になるには15分以上の集中過程が必要で、割り込みがあればその状態に戻るのに15分を要することになる。電話の応対に5分、フロー状態に戻るのに15分とすれば、一日20回電話がかかってくれば丸一日潰れる計算になる。この状態では、肉体労働時間は8時間だが、頭脳労働時間は0時間である。

E係数

「割り込み無しの時間数」÷「肉体労働時間」をE係数(環境係数)と呼んで測ってみると、同一企業内であっても部署が違うと大きく異なっていた。ある政府機関では最高0.38、最低0.10であった。これは、最高の部署では最低の部署の3.8倍の時間長く働けることを意味する。そして、これは部屋の面積に比例していた。

つまり、オフィスの家賃をケチる意味は無い。

E係数を根気良く測定することで、周りの人間が労働時間に対して持っている考え方を真摯なものに変えることが出来る。管理職がE係数を見る必要はない。優秀なエンジニアはそれに気づけば、自分で自分を改善していけるのだ。

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§9 オフィス投資を節約すると

IBMがサンタ・テレサに研究所を建てるために行った調査で、以下のことが明らかになった。

  • 一人当たりのスペースは9.0平方メートル以上が望ましい
  • 机の広さは2.7平方メートル以上が望ましい
  • 騒音対策が必要

つまり、知的労働者には広くて静かな場所が必要なのだ。
(要約者注:最近流行の、「googleやITベンチャーみたいな楽しそうなオフィス」ではない点に注目!)

なぜ広くなくてはいけないのか?人口密度は広さに反比例する。そして、騒音は人口密度に比例するのだ。

エンジニアが仕事をするために、空いている会議室や図書館、コーヒーショップに籠もっているならそんなオフィスでは仕事がまともに出来ないことを意味する。

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§8 プログラムは夜出来る

オフィス環境が悪いから、「プログラムは夜出来る」。このことを証明するデータがある。

トム・デマルコとティモシー・リスターは、1984年から「プログラミングコンテスト」という競技を行い、データを取っている。

  • 同一企業のプログラマー2人1組をチームとする
  • 共通の仕様書に基づいて中規模プログラムを設計開発する
  • 2人のプログラマは作業を分担せず、全く同じ作業をする
  • 各チームは一箇所に集めず、彼らの企業の自席で作業をしてもらう
  • プログラムをテストするプログラムは決まっており、残存バグ個数を検出し作業時間とあわせて計算してスコアを出す

結果

  • 最優秀者の成績は最低者の約10倍
  • 最優秀者の成績は平均値の約2.5倍
  • 上位半分の成績の平均は、下位半分の成績の平均の2倍以上

分析により、以下の要因が生産性に関係が無いことが分かった。

  • プログラミング言語
  • 経験年数(10年選手も2年選手も同じ。半年以内の新人は論外として除外した)
  • 残存不良数
    これは、バグ0だったチームは、作業時間も短かったということである。
    つまり、品質を高めるために、生産性を犠牲にするという事象は起こっていない。
  • 年収

では最大の生産性決定要因は何か?それは

  • どの企業で働いているか
    つまり、
  • オフィス環境

である。その証拠に、同じ企業に所属する2人の生産性の差は高々たった21%に過ぎなかった。つまり、最優秀企業の成績は最低企業の約10倍なのだ。

意外な結論

なんと、最終的にはオフィスの人口密度が相関することが分かった。上位1/4の一人当たりのスペースは7.0平方メートル、下位1/4のスペースは4.5平方メートルだったのだ。以下の条件が有意な相関であった。

  • 一人当たりのスペース
  • 静かさ
  • プライバシーの確保
  • 電話の消音機能の有無
  • 電話の転送機能の有無
  • 無意味な割り込みが少ないこと

これらが保障されないオフィスでは、人が居ない夜中や早朝、もしくは休日にプログラムが出来上がるのである。

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§7 施設監査本部

知的労働者を仕事に打ち込ませるために必要なオフィス環境は、

  • 個室
  • 自然の光が入り、眺めの良い席
  • 社内放送が無い

ものであるはずなのに、実際のオフィスは窓の無い部屋に画一的に詰め込まれた刑務所のような場所だ。信じがたい話だが、ある会社では、1人を呼び出すために、ガリガリガリと音のするスピーカーを鳴らし、何千人もの従業員の頭脳労働を中断させているのだそうだ。

エンジニアが知的労働者であることを無視して効率化によりこうしたオフィス環境改悪を行うのが「施設監査本部」だ。

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