要約
革命家や社会主義者、宗教家はよく「義務」という言葉を持ち出す。これらの義務は、「無条件に」従わなければならないものだという論法であることが常である。
彼らを動かすのは偉大なる情熱であるが、情熱が無根拠であることを彼らは知っているのだ。だから革命家や宗教家は無条件の義務という、定言命法の類を説いている哲学にすがらざるを得ない。
とくに、由緒ある家系の人などが社会への奉仕者となろうとする場合に、はたから見ても恥ずかしくない、御大層な大義名分が必要なのである。このお上品な奴隷精神が、定言命法にしがみつき、義務から無条件性を剥奪しようとする人々を攻撃するのだが、これは体面の問題とばかりも言えない。その裏には情熱があるからである。
解説
喜ばしき知恵のテーマは、「逆説」である。この章も、世間で一般的に好ましく受け止められる、革命への情熱を、冷ややかに全否定している。
ニーチェが考える真の情熱は、「冷たい情熱」なのである。それは、世間一般から変人扱いされるほど、世間がどうでもよいとみなす事柄に熱中することである。それがニーチェの考える高貴さである。読者は§3 高貴と低俗でもこのような考えに触れ、衝撃を受けられたと思う。誰とでも共有できる定言命法やプロパガンダに頼るのは、群れることに過ぎず、高貴さとは程遠い。
したがって、ニーチェが「情熱」というとき、それは否定的・嘲笑的な意味あいである可能性を念頭に置かなければならない。世間一般が情熱と思っているものは単なる無謀であり、考えなしであり、克服すべき旧人類の欠陥なのである。それは、§38 爆発する人々でも語りなおされる。