【西瓜糖の日々】リチャード・ブローティガン【126冊目】

1964年に発表されヒッピーブームを作り上げた小説。
iDEATH(自我の死)と呼ばれるコミューンでの平和な生活の話。
アイデスの人々は西瓜を育てて、その果汁を煮詰めて西瓜糖を作ります。アイデスではコンクリートもガラスも全て西瓜糖で作られています。川が流れ鱒が泳ぐ。夜になると無数のランタンが灯りパートナー同士が静かに愛し合う平和な世界です。
でもなぜか住民は本を燃やして燃料にしています。

アイデスの外には<忘れられた世界>があり、旧世界の異物を採掘可能になっています。
でもアイデスの人間は無知なので、そこで本を発掘しても燃料にしてしまうのです。
しかし、主人公の恋人のように少数の人々だけが旧世界の秘密を次第に理解し、アイデスの存在に疑問を抱くようになります。

昔はアイデスにも<言葉を喋る虎>がいて、人に死を与えていました。
しかし、アイデスの人々は食べられるのが嫌で6匹いた虎を全員殺してしまいます。
そのため、アイデスでは無気力で無目的な集団生活が永遠に続いています。
自我を無くしたまま淡々と生きながらえる生活は、死んでいるのと変わりません。

なので、アイデスから抜け出す方法は自殺する以外にありません。
そこで、主人公の友達の親戚と、主人公の恋人たちは集団自殺してしまいます。
しかしアイデスの人々は彼らがいなくなったことになんの感情も感じず、淡々とその後も生き続けるというお話です。

私はアイデスから脱出した人々の方に共感を覚えました。

ブローティガンは本書を書いた20年後に拳銃自殺してしまいました。

【書評】山の絵本(尾崎喜八)【99冊目】

概要

山で作った紀行文。

1892年生まれの著者が、1933年頃から書き始めた紀行文。41歳ごろからだろうか。

尾崎氏の文章は、まさに絵のように、山の景色がありありと浮かんでくる。風や清流、遠くに見える峰までも蘇ってくる。魔法のような文章である。

冒頭の40ページは蓼科山のみだが、文末に山の名前の索引がついていて、100以上の山名が登場する。最低100回以上違う山に行っていることがわかる。

自然描写も見事だが、人間描写もおもしろい。著者が、心の底から山に生活する人々(農業や放牧)に憧れつつも、詩人としての無産階級的生活を捨てきれず、寂しさを感じている心情が分かる。

我々山好きの都会人も、いざ山への移住を考えると、山では仕事がないと頭を抱える。同じ心情なのではないだろうか。

【書評】すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)【82冊目】

概要

「ユートピア」の不幸さを描くSF小説。

未来のある日。そこはユートピアと化していた。

人工授精により、優れた人間から劣った人間までが決まった割合で生産される。最も優れた階層はアルファ(α)、最も劣った階層はイプシロン(ε)である。α/β/γ/δ/εにはあらかじめつける職業が決まっている。世界の維持には様々な職業が必要である。だから、ユートピアでは、

「人為的に、『劣った』人間が、下働きとして生産されている」

のだ。

αたちは労働をせず、学校にも行かない。学習は、睡眠学習機により自動的に行われるからだ。彼らはフリーセックスと、ソーマと言われる麻薬(向精神薬)を楽しんでいる。

一見して理想的な退廃の世界。しかしこのユートピアは実は、壁に囲まれた区域で、外には「野蛮人」の世界が広がっていることを誰も知らない・・・。

主人公は、フリーセックスも麻薬も本能的に避けてしまう男性で、このユートピアに違和感を感じ、疎外されている。しかしある事件を起こし、それがきっかけで「野蛮人」の一人がこのユートピアに紛れ込んでしまうのだった。

彼、その野蛮人は欠乏から解き放たれて、幸福になるのか、それとも・・・?

ここまでが第一部。第二部で絶望的な結末が待っている。

現代はBRAVE NEW WORLD。「立派な」とか、「勇ましい」とかいう意味がある。