【書評】悪について(エーリッヒ・フロム)【94冊目】

概要

悪を哲学的に解明する。

フロムは「自由からの逃走」の著者。加藤諦三氏の本の参考文献となっていたので読んだ。

悪は次の3つから生じるという。

  1. ネクロフィリア
  2. ナルシシズム
  3. 近親相姦的固着(甘え)

ナルシシズムについては納得できるが、ネクロフィリアについては納得できない。

ネクロフィリアは死に憧れる傾向で、誤解を恐れずに言えば「根暗」に近いような描写のされ方である。例えば、「明日学校爆発しないかなー」とか、「戦争/災害が起きてすべてリセットされないかなー」とか、そのような性向のことだ。

そんなにたくさんの人がネクロフィリアなのだろうか。

近親相姦というのは、エディプス・コンプレックス的な話だった。母に甘えたいとか、母体に戻りたいとかいう、全ての人の根底にある甘えのことだ。

だから、この3つによる初期の症状は退行であり、末期の症状が悪だということになる。

【書評】リーダーのための「レジリエンス」入門(久世浩司)【93冊目】

概要

レジリエンスリーダーシップとは何か。

リーダーや管理職は「感情労働」である。多くの多様な部下を「使って」成果を上げるには、ありとあらゆる感情を扱えなくてはならない。

感情を無視して、強権的なカリスマ型リーダーシップに任せるという手は、通用しなくなってきている。なぜなら、社会全体がナレッジワーカーにシフトしているから。ナレッジワーカーは専門性がなかったり、間違った知識をひけらかす浅はかな人間を嫌う。だから、強権的な人間には本心からついていかないことがほとんどだ。

それより、専門家が弱い「変化や危機」に対して打たれ強く、失敗してもすぐ立ち上がる頼もしいリーダーが必要とされている。この打たれ強さの能力を、「レジリエンス」と言う。この能力は、感情を扱う能力でもある。

この能力の利点は、次の5つに繋がることにある。

  1. 楽観力・胆力
  2. 熱意の持続
  3. 利他性
  4. 根拠のある自信
  5. 意志と勇気

 

【書評】メニューの読み方 うんちく・フランス料理(見田盛夫)【92冊目】

概要

フランス料理のメニューを読めるようになるにはどのようにトレーニングすればいいか。

フランス料理でコースを頼むとつまらない。寿司屋でおまかせを頼むようなものだ。そのとき食べたいものを、アラカルトで一品ずつ頼みたい。そうでなくては、牛肉やスズキや鯛ばかり食べさせられてしまう。

著者は会社員でありながら、フランスで一流レストランを食べ歩くことを夢見、独学でフランス語のメニューの読み方をマスターした。いい意味の変人だ。その方法論を、惜しげもなく公開してくれる。

しかも、この本を持ち歩けば、フランスを闊歩して好きに料理を頼めるようにと考えてくれている。

  • 単語集
  • ソース類単語集
  • a la で始まるメニュー語集

といった膨大な付録が巻末についているのだ。

本文については、著者が食べた思い出に残る料理とともに、実際のメニューの解読方法がつづられている。あまりに食べた料理が膨大で、感心することしきりである。

このような書物を著す人がいるという事実に、頭が下がる思い。

【書評】パスタでたどるイタリア史(池上俊一)【91冊目】

概要

パスタの歴史!

まず、本を開くといきなり16頁ものフルカラー写真。パスタとともにあるイタリア人の生活が生き生きと捉えられている。

多くの日本人はパスタが大好きだ。

パスタの歴史をひもとくと、大航海時代以前と以後でかなり違う。

パスタの発明までは、まず小麦の栽培がメソポタミアで紀元前8000年前後に始まり、紀元前700年前後にはローマ帝国で前パスタ的なものが作られていた。しかし、それはまだパスタではなく、

  • ラザーニャのようなシート型
  • 細切りにして油で揚げる
  • 焼く
  • ハチミツや胡椒と和える

といった食べられ方をしていたのだ。

しかも、中世の王侯貴族らの主食は肉であり、油はラードであった。そのような食事以外は、女性的なものとしてさげすまれ、長い間パスタは日の目を見なかった。当然、パスタやオリーブオイルは女性的な食事だった。

パスタの復活は13世紀末である。しかし依然として、

  • ラザーニャ状
  • ブロードで煮る
  • 四角く切って煮る
  • 粉チーズをかけて食べる

といった現代とはかけ離れたものであった。マッケローニと総称され、「薬」「貴重品」として扱われており、製麺所が次第に増えていった。そしてついにヴェルミチェッリ、今日のスパゲッティの形状のものが誕生した。パスタは爆発的に流行し、1614年には規制されるほどであった。

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しかし驚くべきに、パスタは「手づかみ」でチーズや「砂糖」をかけて食べられていたのだ。

我々が知っているパスタは、トマトとニンニク、唐辛子が無ければ成り立たないから、驚きだ。トマトやその他の材料との出会いは、新大陸からそれらがもたらされるまで待たなければならないのだ。

その他のエピソード

上記のエピソードだけでは、本書の魅力の10分の1も伝えられていない。

例えば、誰もが働かずぐーたら暮らしていて、パスタが山の上から流れてくるのでそれを食べれば生きていけるという楽園「クッカーニャの国」の存在。

そして、パスタを禁じ、芸術的な肉の盛り付けに腐心したという「未来派」の人々。

我々が知らなかったような驚く歴史がこれでもかと語られるのだ。

 

【書評】ソフィーの世界(ヨースタイン・ゴルデル)【90冊目】

概要

ノルウェーの14歳の女の子ソフィーのもとに、見知らぬ哲学者から哲学講義が届く。

世界中、35か国で2300万部のベストセラーになったソフィーの世界は、1991年に出版された。インターネットが無かった時代だ。

この小説は、ミステリー小説でありながら、ギリシャ哲学からフロイトまでをカバーする哲学講義でもある。他に、「薄く広くカバーしてくれる哲学入門書」は数あれど、この本では紹介される哲学者のセレクションが、ミステリーのトリックに密接してるところがユニークだ。

そして、ミステリーとして普通に面白いことが、この本が世界的ベストセラーたる所以かと思う。それに、子供(作者には二人のご子息がある)に対し、哲学的な目覚めをもった人生を歩んでほしいという愛が伝わってくる。

哲学者の採用方法

ギリシャ~ルネサンス(デカルトの前)までは、どの本でも得られる知識は同じだろうと思う。具体的には、

  • (北欧)神話
  • ギリシャの自然哲学 ヘラクレイトス・タレスetc…
  • ソクラテス
  • プラトン
  • アリストテレス
  • ディオゲネス
  • ゼノン
  • エピクロス
  • プロティノス
  • アウグスティヌス
  • トマス・アクィナス
  • ルソー

しかし、デカルトあたりから、爆発的に哲学が発展したため、何を解説に入れるかと言うセレクションが問われる。この本では、合理主義vs経験主義vsロマン主義を軸にする。

  • デカルト
  • スピノザ
  • ロック
  • ヒューム
  • バークリー
  • カント
  • ロマン主義
  • ヘーゲル

最後に、物語の根幹をなすのが実存主義になる。ここら辺からチョイスが偏ってくる。

  • キルケゴール
  • マルクス
  • ダーウィン
  • フロイト
  • サルトル

確かにショーペンハウアー・ニーチェ・ハイデガー・ヴィトゲンシュタインあたりを出すとメルヘンミステリーとして上手くいかなそうではある。

【書評】西洋絵画の歴史1(高階秀爾・遠山公一)【89冊目】

概要

ルネサンスの代表作を200点前後含む、文庫サイズのフルカラー写真集。

美術館を1週間分回ってようやく見られるほどの量の絵画が、文庫サイズにフルカラーで収録されているという、驚愕の本。

解説も素晴らしく、ルネサンスがいつ始まって、代表作がどのようなコンテキストを持っているのか明らかにしてくれる。

1420年のマザッチョを皮切りに載っている。

この本が素晴らしいのは、絵画だけでなく建物の中の写真がふんだんに乗っていることだ。ルネサンス絵画は建物と組み合わせて宗教的体験を可能にする施設として機能してきたが、

  • 礼拝堂
  • 大聖堂
  • 天井
  • 祭壇
  • 内陣障壁

などが、間取り図と写真を交えて解説されている。

場所を取らないし、この本が1200円とは、信じられないくらい安いと思う。

【書評】アラン島(シング)【88冊目】

概要

1899年のアイルランドの孤島での生活について。

孤独な戯曲家シングは友人の勧めでアイルランドのアラン島に1899年にわたった。表向きはゲール語を学ぶことだった。アラン島では、文明と隔絶した生活が送られていた。

ページをめくると、最初にアラン島の生活の写真が4枚ある。石を積み上げた家と、老婆と、大きな豚が写っている。

村の老人たちから聞いた話が集められている。妖精が信じられていたため、妖精の話が多い。

「失われた日本人」に少し近い趣がある。

【書評】サキ短編集(サキ)【87冊目】

概要

ブラックユーモアの短編集。

サキはイギリスではO・ヘンリーと並ぶ知名度の短編作家である。

彼の短編は5ページほどで終わるが、必ずどんでん返しとブラックユーモアを含んでおり、まさにそういうのが好きな人間にはたまらないほどの職人技となっている。

この短編集の「開いた窓」は特に見事で、最高傑作に数えられている。

【書評】テロリストのパラソル(藤原伊織)【86冊目】

概要

乱歩賞&直木賞同時受賞の国産ハードボイルド小説。

ハードボイルド小説って何なんだろう。それは硬派でカッコいい主人公が愛のために孤軍奮闘する小説だろう。

この小説の魅力は主人公の魅力と、謎の敵の魅力だろう。

主人公は、全共闘に参加し、のちに爆弾事故を起こして公安に指名手配されている。元東大生。元ボクサー。48歳。いくつもの職を逃げるように転々とし、住み込みのバーテンダーをしている。月収5万円。アル中で、新宿中央公園でウイスキーを飲むのが日課。

主人公は一切の偏見が無い。金にも女にも学歴にも名誉にも興味はない。やくざにもホームレスにも付き合う。無口で強く優しい。

平穏に暮らす彼はいつも通り新宿中央公園でウイスキーを呷っていた。突然、彼の目の前で爆弾テロが起こる。何とか鉄片が突き刺さった程度で生き延びた主人公は、気づけば過去の経歴から、爆弾テロの実行犯として警察に追われる立場になっていた。

彼は、はめられたのだ。誰に、何のために?

という滑り出し。

この小説は、ハードボイルドの古典である「長いお別れ」のファンなら必ず気に入るだろうと思う。男の真の友情の本質を切なく描いている。

【書評】詐欺の帝王(溝口敦)【85冊目】

概要

詐欺の帝王がジャーナリストに懺悔した内容。

帝王がどのくらい帝王かと言うと、ピークには週に9000万円が彼の懐に入っていた。一度、恋人のキャバ嬢を1位にするために、一晩に4000万円を使ったらしいが、痛くも痒くもなかったという。

彼の財源は

  • オレオレ詐欺(発明者)
  • ワンクリック詐欺
  • 未公開株詐欺
  • 社債詐欺
  • イラクディナール詐欺(発明者)

など100通り以上にも及ぶ。

どうやって帝王は上り詰めたのか。

経歴

帝王は大学進学に伴い上京したが、1年生の時にはすでにイベサーを掌握していた。土曜日のベルファーレを6時間120万円で借り切り、スーパーフリーに250万円で売るといったことをやっていた。

当時帝王の上にいたSTという人間は暴力団の子息を顎で使い、のちにマッキンゼーに入社した非常に頭の切れる人間だったという。

大学を1単位以外全て「優」で卒業。卒論は「イノベーション」について。大学卒業後は大手広告代理店に入社するが、5年で左遷されそれを不満に退社。スーパーフリー事件との関与を会社に疑われたからだ。

その後、闇金に参入し、システム詐欺に手を広げた。2002年に闇金を始めてから2年後には、オレオレ詐欺を創始したという。

2008年にはタンス預金が何百億もあった。1億円でミカン箱一つ分だが、それが何百箱もあったのだという。襲撃事件もたびたびあったし、税務署にも襲撃された。

そこで、帝王は海外に資金を対比させることを考えた。ドバイに遊びに行ったときにイラクディナールを日本に持ち帰り、両替できないことに落胆したが、転んでもただは起きぬ帝王、イラクディナール詐欺を思いついたのだという。

海外に資産は分散した。仲間はどんどん逮捕された。帝王も、逮捕で資金を没収されたくないから、自ら引退を決意した。しかし後には、自由に引き出せない巨額の口座のみが残った。

システム詐欺とは何か

システム詐欺とは、1人の個人を複数の店が囲い込み、次から次へと「かぶせ」詐欺を行う、組織的劇場型詐欺である。

例えば自転車操業になって、ある闇金に元金が返済できなかったとする。しかし、グループ全体でみれば、本当にその人に貸した元金は最初の100万程度であり、グループ全体で得た金利や詐欺額からすれば無視できる範囲である。と言う仕組みである。