【書評】神狩り(山田正紀)【32冊目】

概要

神と闘う小説。

この小説はすさまじい。「神との戦い」は中二病業界の永遠のテーマだが、これほどリアルな神がかつてあっただろうか。神を見たことがないのにリアルとは変な表現だが、この小説の敵である神はかつてなくリアルとしか言いようがないのだ。

話の運び方も面白い。

冒頭で神に敗れる(と暗示される)ヴィトゲンシュタイン。傲慢で嫌われ者の天才言語学者の主人公。

遺跡に残された謎の記号<古代文字>。連想コンピュータ(現在の言葉でいえば『人工知能』だが)を駆使して謎を解くと、2つの論理記号と、13重の関係代名詞からなる言語であることが判明する。それが意味するのは・・・?

謎の組織、米軍基地、武装した学生・・・

この作品が執筆された時代背景もあいまって、傑作に仕上がっている。なんと、これは氏のデビュー作なのだそうだ。山田氏はこれを上回る作品を生み出せなかったと評する向きも多いようだ。

【書評】トニオ・クレーゲル/ヴェニスに死す(トーマス・マン)【31冊目】

概要

真に孤独な人間、決して明るくは生きられないが、才能によって救われているような人間の内面をこれでもかというほど緻密に描いた短編。ノーベル文学賞。

この本の美しさ。文章の美しさ。孤独な人間の悲しさ、美しさ。単に面白いだけではなく、本当に感動できるのがこの小説である。

「トニオ・クレーゲル」は120ページしか無いし、それで何度も読み返すほど感動できるのだから、読むべき。

【書評】聖書(ジョージ秋山)【30冊目】

概要

異色の漫画家が漫画で描く聖書。

聖書なので、面白くは無い。漫画とはいえ、あまり省略せずに、緻密に描いてあるから覚えることも多い。

創世紀からモーセの物語、そしてイスラエルが建国され、後継者のヨシュアが死ぬまでがまずは1巻のカバー範囲だ。これは旧約聖書で読むと馬鹿長いのである。熱心なキリスト教信者も、まずは漫画から入ると入りやすいのではなかろうか。

ジョージ秋山の漫画は面白い。「銭ゲバ」「アシュラ」と言った作品を描いた人だ。

【書評】キリスト教は邪教です!(ニーチェ)【29冊目】

概要

牧師の息子ニーチェが、キリスト教を罵倒し、ルサンチマンを遂げる。

 

パウロは焦って、
「もしキリストが本当に蘇ったのでなければ、我々の信仰は全て虚しい」
と言いました。本当にお下劣な野郎です!(p99)

タイトルは釣りっぽいが、非常に論理的に冷静にキリスト教を批判しているのである。

この本がすごいのは、

  • キリスト教成立の歴史を緻密に解剖し、見つかったアラを理詰めで個別撃破していく点
  • 他者への嫉妬という大多数の人が持つ心の弱さが、どのように「信仰」を支えていくかのメカニズムを詳細に描いた点

です。もちろん大多数の日本人はキリスト教を外側から眺めている。しかし、一度キリスト教を信じた人間の心には刺さるでしょう。むしろ、刺さりすぎて、ズタボロにされて、反ニーチェ派になってしまうかもしれない。

読むべき。

【書評】頭がよくなる本(トニー・ブザン)【28冊目】

概要

マインドマップを世に広めた本。

この本を読むと、たちどころに頭が良くなるのである。

そもそも頭が良いとはどういうことなのであろうか。MECEに分けるなら

  • 生得的に頭脳の性能が優れている。
  • 後天的な要因で頭脳の性能が優れている。

となる。

本を読んで頭が良くなるには、後者でなくてはならず、MECEに分けないなら、

  • 頭脳の使い方を改善する。
  • 頭脳を補佐するツールを利用する。
  • 頭脳を補佐する機械を頭に埋め込む。
  • 頭脳をまるごと他人のものと取り替える。

などと色々考えられるわけである。この本の主張は、「頭脳の使い方を改善しよう」「頭脳をマインドマップで補佐しよう」である。

つまりブレインハックの古典であると言える。

古典がすでにあるのにもかかわらず、みなさんご存知のように、ブレインハックの新刊は出続けている。

これは何かに似ていないだろうか?そう、「ダイエット本」である。

すなわち、この本は一つの市場を切り開いた歴史的な本であり、読んでおいた方がいい。

また、途中に偏差値30からハーヴァードに受かった少年などが出てくるので、あとは、統計を学び、自己責任で有限の時間を生きる覚悟を身につけるべきと言える。

【書評】もしドラ(岩崎夏海)【27冊目】

概要

青春小説の体裁をとった、ドラッカーの解説書という建前の、萌え絵が表紙の本。

もしドラは意外に面白いのだ。

しかし、それは意外性が面白いのだ。

「フォ、フォアボールをわざと出すようなピッチャーは、う、う、うちのチームには一人もいないんだ!」

加地監督は、しどろもどろになりながら、教室の外にまで聞こえるような大声で、そう叫んだ。(P117)

みんなが青臭い本音をぶつけ合って、お互いを傷つけるように、でもそれだからこそ心の壁を突破し、本物のチームが生まれていく。もしかしたら、ドラッカーの理想論が実現する世界なんて、理想論の青春小説の中にしか無いのかもしれない。

もしこれを現実にやったら、ハブリ、いじめ、モンペ、馘首になるのが今の世の中だ。リアリストは韓非子を読んだ方がいい。

だから、ドラッカーの話は理想論であるという前置きをおかないと、よく意味が分からないのだ。青春小説の中の登場人物の方が、我々より深くドラッカーを深く理解していることに気づいたこの作者はそれだけですごい。

【書評】野村再生工場(野村克也)【26冊目】

概要

野球監督が選手の育て方について書いた本。

書いてある内容がいい。

  • チームワークの重要性
    • 特にエースを育てることの重要性
  • 押し付けではなく自ら気づくことの重要性

チームワーク理論がいい。とにかく「エース」を如何に育てるかに注力するという哲学である。チームワークが大切だから突出した個人を排除するというのがありがちだが、野村監督の理論では、チームワークとは、大多数の凡人が、規範となる突出した個人の真似をしていくことであるという逆の発想だ。

描かれ方もいい。

この手の本は、作者の自伝から始まるものが多いが、そうすると退屈で眠くなってしまいがち、この本では作者の自伝は最終章である。この人は、徹底して他人の目線に立てる人で、だからこそ育てるのが上手いのに違いない。

【書評】本の顔(坂川栄治)【25冊目】

概要

本の装丁という仕事について語られた本。

世にも珍しい、装丁家が書いた本。

装丁の実例がたくさん載っていて、楽しい。その中には知っている本が何冊もあり、さらに楽しくなる。

例えば、次の本はまだ世間でジョブズの顔が知られていなかった時に作られた装丁であるという。

ジョブズが驚異のプレゼン能力を持つことが伝わって来る。

だがそのイメージは、実はこの本の装丁により作られたものなのかもしれない。

装丁は写真だけではなく、活字、そのフォント、色、絵、手書き、切り文字など多数の要素が合わさって創発するひとつの作品である。実際、本書の各章の題材は以下のようになっている。

  1. 依頼から納品までの業務フロー
  2. 文字
  3. イラスト
  4. 写真
  5. 絵本
  6. 紙素材/印刷

装丁家で無くては書けない貴重な本。