【127冊目】青い脂(ウラジミール・ソローキン)

今日は、ウラジミール・ソローキンというロシア作家の紹介をしたいと思います。

ドフトエフスキーを手塚治虫に例えるとしたら、ソローキンは、ポプテピピックみたいなものです。

音楽家で言えばプロコフィエフですね。大好きです

「青い脂」

2068年、中国化したロシアでは超科学力と中国医学が融合した世界になっています。
作中ではロシア語のSF造語と中国語の卑猥語が結合した言語を日本語に訳した言語で会話されます。
もちろん誰にも意味はわかりませんいや不思議と、何度も読んでいると頭の中に青脂が溜まってくるのか、分かるように設計されています。
なんとなく分かるのは、2068年のロシアでは文豪がクローンとして復活させられ、小説を書かされているらしいということです。
ただクローン組成に失敗しているのか、トルストイ4号は2頭身になっていたり、プラトーノフは「テーブル型だ」と書かれています。
ともかくも7体のクローンがいます。

クローンが毎日小説を書き上げてくるので、読者はクローンの書いた小説を作中作として読まされます。
例えばドフトエスキー7号は適合率79%のクローンであり「白痴」を79%再現したような小説を書きます。
しかしどの小説も最後はどんでん返し的に異様なグロテスクな結末を迎えてしまいます。

ちなみに作中人物は小説に誰も興味がなく、小説とともに体内に発生する「青い脂」の塊を収集して集めています。
この物質は何をしても温度が変わらない、「熱力学第四法則」を満たす物質です。
小説世界では、一度小説が書かれてしまうことによって、2度と消せない制約が小説の宇宙にかかってしまうことを皮肉っているわけですね。

ここで注意しなければいけないのは、この小説にはうんこがたくさん出てくるということです。
5chとかに行くとそこは「おしっこきもちいい。」という言葉で埋め尽くされています。
ちなみにこの人は東京外国語大学で1999~2000年にかけて講師をされていました。
吉祥寺に住んでいたらしいです。
フルシチョフがスターリンを例ぷする詳細な描写もあるので閲覧注意です。

しかしこの「青い脂」は誠に素晴らしい小説です。

【書評】ニーチェ 自由を求めた生涯(ミシェル・オンフレ+マクシミリアン・ル・ロワ)【110冊目】

概要

ニーチェの伝記漫画

エゴンシーレみたいな絵柄。完成度・納得度高い。

細かいが、この本はニーチェは梅毒で死んだというアプローチ。

【書評】悪について(エーリッヒ・フロム)【94冊目】

概要

悪を哲学的に解明する。

フロムは「自由からの逃走」の著者。加藤諦三氏の本の参考文献となっていたので読んだ。

悪は次の3つから生じるという。

  1. ネクロフィリア
  2. ナルシシズム
  3. 近親相姦的固着(甘え)

ナルシシズムについては納得できるが、ネクロフィリアについては納得できない。

ネクロフィリアは死に憧れる傾向で、誤解を恐れずに言えば「根暗」に近いような描写のされ方である。例えば、「明日学校爆発しないかなー」とか、「戦争/災害が起きてすべてリセットされないかなー」とか、そのような性向のことだ。

そんなにたくさんの人がネクロフィリアなのだろうか。

近親相姦というのは、エディプス・コンプレックス的な話だった。母に甘えたいとか、母体に戻りたいとかいう、全ての人の根底にある甘えのことだ。

だから、この3つによる初期の症状は退行であり、末期の症状が悪だということになる。

【書評】ソフィーの世界(ヨースタイン・ゴルデル)【90冊目】

概要

ノルウェーの14歳の女の子ソフィーのもとに、見知らぬ哲学者から哲学講義が届く。

世界中、35か国で2300万部のベストセラーになったソフィーの世界は、1991年に出版された。インターネットが無かった時代だ。

この小説は、ミステリー小説でありながら、ギリシャ哲学からフロイトまでをカバーする哲学講義でもある。他に、「薄く広くカバーしてくれる哲学入門書」は数あれど、この本では紹介される哲学者のセレクションが、ミステリーのトリックに密接してるところがユニークだ。

そして、ミステリーとして普通に面白いことが、この本が世界的ベストセラーたる所以かと思う。それに、子供(作者には二人のご子息がある)に対し、哲学的な目覚めをもった人生を歩んでほしいという愛が伝わってくる。

哲学者の採用方法

ギリシャ~ルネサンス(デカルトの前)までは、どの本でも得られる知識は同じだろうと思う。具体的には、

  • (北欧)神話
  • ギリシャの自然哲学 ヘラクレイトス・タレスetc…
  • ソクラテス
  • プラトン
  • アリストテレス
  • ディオゲネス
  • ゼノン
  • エピクロス
  • プロティノス
  • アウグスティヌス
  • トマス・アクィナス
  • ルソー

しかし、デカルトあたりから、爆発的に哲学が発展したため、何を解説に入れるかと言うセレクションが問われる。この本では、合理主義vs経験主義vsロマン主義を軸にする。

  • デカルト
  • スピノザ
  • ロック
  • ヒューム
  • バークリー
  • カント
  • ロマン主義
  • ヘーゲル

最後に、物語の根幹をなすのが実存主義になる。ここら辺からチョイスが偏ってくる。

  • キルケゴール
  • マルクス
  • ダーウィン
  • フロイト
  • サルトル

確かにショーペンハウアー・ニーチェ・ハイデガー・ヴィトゲンシュタインあたりを出すとメルヘンミステリーとして上手くいかなそうではある。

【書評】すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)【82冊目】

概要

「ユートピア」の不幸さを描くSF小説。

未来のある日。そこはユートピアと化していた。

人工授精により、優れた人間から劣った人間までが決まった割合で生産される。最も優れた階層はアルファ(α)、最も劣った階層はイプシロン(ε)である。α/β/γ/δ/εにはあらかじめつける職業が決まっている。世界の維持には様々な職業が必要である。だから、ユートピアでは、

「人為的に、『劣った』人間が、下働きとして生産されている」

のだ。

αたちは労働をせず、学校にも行かない。学習は、睡眠学習機により自動的に行われるからだ。彼らはフリーセックスと、ソーマと言われる麻薬(向精神薬)を楽しんでいる。

一見して理想的な退廃の世界。しかしこのユートピアは実は、壁に囲まれた区域で、外には「野蛮人」の世界が広がっていることを誰も知らない・・・。

主人公は、フリーセックスも麻薬も本能的に避けてしまう男性で、このユートピアに違和感を感じ、疎外されている。しかしある事件を起こし、それがきっかけで「野蛮人」の一人がこのユートピアに紛れ込んでしまうのだった。

彼、その野蛮人は欠乏から解き放たれて、幸福になるのか、それとも・・・?

ここまでが第一部。第二部で絶望的な結末が待っている。

現代はBRAVE NEW WORLD。「立派な」とか、「勇ましい」とかいう意味がある。

【書評】戦闘妖精雪風/グッドラック/アンブロークンアロー(神林長平)【78冊目】

概要

人間の主観と異なる形式の認識主観を持つ存在との闘いを描くSF。3部作未完

30年にわたり戦闘機を送り込んでくる異星体「ジャム」。実はその正体は、人間とは全く異なる認識方法を持つ存在であった。

人間はジャムと必死に戦っていたつもりだった。しかし、実はジャムが敵として認識し、コミュニケートしていたのは、軍の人工知能のほうで、人間は正体不明の付属物と認識されていたに過ぎなかったのではないだろうか・・・。

さらに、人類がジャムの本拠地だと思って戦っていたフェアリィ星が実は・・・。

こんなストーリーは常人には絶対考え付かない!

1・2巻はほぼ伏線に過ぎず、3巻が本領発揮である。ジャムと同じ認識形態に引きずり込まれ、主観が崩壊した世界を実に見事に描き出している。並行宇宙を「リアルに」「言語として」「機械による認識と並行に」認識する世界でもがきながらジャムと闘わなければならないのだが、その圧倒的な恐怖感が伝わってくる。

【書評】ウンコな議論(ハリー・G・フランクファート/山形浩生訳)【75冊目】

概要

ウンコな議論の正体を明らかにする。

現代社会は「ウンコな議論(bullshit)」にまみれているし、みんながそれらに騙されている。政治で、メディアで、社内会議で、ウンコな議論は繰り返されている。ウンコな議論を見破るにはどうしたらいいのだろうか?

いやそれ以前に、ウンコな議論とは何なのだろうか?

「年金未払いを謝罪しないのか?」

「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろで・・・」(小泉純一郎)

元総理大臣の有名な答弁だが、何を言っているかは意味不明なのに、論点をすり替えることに見事に成功している。ウンコな議論が何かは明確ではないが、こうして確かに、いたるところに存在することがわかる。

ウンコな議論とは、著者によれば以下のものである。

  • ウンコな議論は嘘とは違い、偽の情報を含まない
  • むしろ、発話者はその真偽に全く関心はない
  • 発話者の意図は、それを聞く人の印象をコントロールし、その場をしのぐこと
  • その目的のため、思わせぶりで、誤解を招く
  • しばしば出来が悪く、ウンコのように口から排出されただけのものである
  • 何でもその場ででっちあげるが、まるっきり嘘でないこともある

ヴィトゲンシュタイン

この本で面白いのは、各種の例示である。なかでも、ヴィトゲンシュタインのエピソードが秀逸である。

 

【書評】レヴィナス 何のために生きるのか(小泉義之)【62冊目】

概要

哲学者レヴィナスを分かりやすく解説した本。

ユダヤ人哲学者で、ホロコーストを生き延びたレヴィナス。高名な哲学者だが、その本は何を言っているのかさっぱりわからない。なので、こうした入門書は貴重である。

小泉氏は、あえて「何のために生きるのか」というテーマに絞ってレヴィナスを解説してくれている。口調がとても分かりやすい。しかも、哲学の結論は先延ばしにしたくないと言い、初めの章に結論を書いてくれている。非常に親切だ。

人は「生きなければならない」という「契約」を何者かと結んでこの世に産み落とされる。そのため、簡単に自殺出来ない。だから、苦痛に満ちた人生を「何のために生きるのかわからないまま」生き続けなくてはいけない。

だから人は生きる目的について考えるが、毎回「エゴイズム」という「自分のために生きる」という結論に行きつくようにできている。つまり、

  • 健康
  • 幸福
  • 平穏
  • モテる・性欲の充足
  • 仕事への満足
  • 成功
  • 地位
  • 名誉
  • ライフワークの成就

といった様々な「人生の目的」は、全て自分のために何者かを享受することに過ぎない。

この目的のうちどれを達成しても、人間は人生が依然としてつらく、また別の「人生の目的」を求めてさまよってしまうのだ。これが「自問自答」の状態、「逃走の欲求」である。自問自答をしている限り、永遠にさまよう運命は変えられない。

この悲しい運命から救われる方法はあるのだろうか。どのように生きることがその答えなのだろうか。

レヴィナスの答えは「他者」である。他者のために生き、配偶者のために生きる。そして生殖を通じて、人類のために生きる。これらは、自分のための人生ではない。自問自答ではない。自分のために生きるという「契約」のもと、それが他者の役にも立っているようにして生きる。それができたら、生殖を通して他者のために生きる。または、死ぬことを通して他者のために生きる。

つまり、「人生の目的」とは、労働・生殖・死において、たまたま他者や人類のためになるように生きることと結論している。この結論を補強するために、契約、逃走、他者、顔といったレヴィナスの概念がある。