【書評】The DevOps 逆転だ!究極の継続的デリバリー Phoenix Project(キム・ジーン)【71冊目】

概要

企業でのIT活用がうまくいかない理由は、制約条件の理論で説明できる。

めちゃくちゃ面白い。

まさか、DevOpsというコテコテのIT運用語と、エリヤフ・ゴールドラットの制約条件理論(ボトルネック理論)が全く同じものだったとは思わなかった。知的興奮が頭を駆け巡る。

舞台はまたもや自動車工場である。主人公はIT運用VPに抜擢される。

IT現場の属人化の問題は、実は人がボトルネックであるということだ。リードエンジニアはいろんな重役に利用されていて、ビジー状態のボトルネックになっている。それによって、一人のリードエンジニアが複数のワークセンターをボトルネック化し、IT現場は止まる。

その一人がバスに牽かれると、部門全体が止まる。この現象を、「bus factor」と言われている。

この問題はITに特有である。

手戻り

ITでは「手戻り」が発生することが問題だと言われる。上流工程、下流工程と呼びながら、もはや手戻りはあって当たり前のことになっている。これは、工場だったら許されないことだ。手戻りがないワークフローをシングルピースフローと言い、この本が目指す形態である。

バッチサイズ

ボトルネック理論では、バッチサイズを小さくすることで、ボトルネックの活用度を高める。

IT現場でそれを実現するためには、「1日10デプロイ」を自動化で実現することだ。

【書評】ストーカー加害者:私から、逃げてください(田淵 俊彦)【70冊目】

概要

ストーカー加害者の心の中を、本人の口から語らせる。

「私から、逃げてください・・・」

タイトルからしてやばい。

本書は、テレビ番組の製作者(ディレクター)が、ストーカーのカウンセラーに本物のストーカーを紹介してもらい、インタビューした本だ。

物凄く恐ろしい内容で、30ページに一回は本を閉じてしまっていた。通読するのにかなり時間がかかった。

「本当に、ストーカーは頭が狂っていたのか。」

これが、この本を読んで感じた正直な感想だ。

この本のいいところは、取材者が、本当にしつこく、加害者たちの論理の飛躍を問い詰めるところだ。加害者たちはしつこく追及されることを苦にせず、実に論理立てて、どういうロジックでその考えに至ったのかを詳細に説明してくれる。だから、我々も、その考えに至る「必然性」がなんとなくわかってしまう。この体験は、ある意味狂気の世界に我々の側から一歩近づいてしまうことを意味する。

だから読んでいて、自分の頭までおかしくなってしまうような気持に駆られる。焦燥する。だからショックを受けて、本を閉じてしまう。

この本、あまり売れてないようだが、類書は無く、マストリードであることは間違いない。

なぜなら、経済の悪化と、都会人の孤立化によって、ストーカー加害者は今後数十年増え続けるのだから。

【書評】耳そぎ饅頭(町田康)【69冊目】

概要

パンクロックバンドの人が書いたエッセイ。

タイトルの謎の物体「耳そぎ饅頭」が出てこない。これに尽きる。まさかの日常系エッセイである。文末が必ず「うくく。」で終わる。どういう意味なのだろう。おいて行かれる。

この人の書いた「くっすん大黒」のころはマジで面白かった。

このエッセイのころになると、文体があまりにぶっ飛びすぎていて、何が書かれているのかわからないこともある。

「耳そぎ饅頭」が出てこない。何なんだ。ずっとそればかりを楽しみにしていたのに・・・。

【書評】へんないきもの(早川いくを)【68冊目】

概要

へんないきもの

2004年の出版から12年をへて読んでみた。

本を開くと2ページで1つのいきものの紹介。右が絵で、左が文章だ。

1体目はショーペンハウアーにも愛された、「タコブネ」である。

全体的にはほとんどがウミウシ・ヒル・ヒトデなどの軟体動物だし、いまやメジャーになってしまった生き物もちらほら。

  • オオグチボヤ
  • ハリガネムシ
  • プラナリア
  • クマムシ

などなど、もうすでにみんな知っている生き物になってしまったのではないか?

あとこの時代なので、今やすっかり人気者になったチンアナゴも出てこない。

そして困るのは、タマちゃんとツチノコに18ページもの紙面が割かれていること。本書は157ページなので11パーセントに相当する。いまさらタマちゃんとツチノコに興味のある人はいないだろう・・・。

でも、まだまだ知らない生き物もたくさんいて楽しめる。オオグチボヤなんて、最初に見たときは衝撃だった。

【書評】ミサキラヂオ(瀬川深)【67冊目】

概要

田舎の港町「ミサキ」で、水産加工会社の社長はラジオ局開設を決意する。「ミサキラヂオ」は、何故か時々音が遅れて届くのだった・・・。

あまりに表紙の絵が素晴らしくて買ってしまった。

いったいこの不思議な小説は何なのだろう?

他の瀬川作品と同様、農業、分子生物学、音楽、パラグアイ、モテない青年といったモチーフがちりばめられているが、この作品はカオスを極めている。

20人ほどの主人公の織りなす群像劇なのだが、ストーリーが在るようで無く、テーマが在るようで無く、主人公が在るようで無く、でもやはり無いようで在る。

社長や天満翔平や録音技師、小説家、農業青年、音楽教師、ドクトルといった陰のあるキャラクターは凄いリアルで、まるで本人がそこにいるかのようだ。

地の文章は面白いとしても、テーマは何なんだろう?群像の織りなす共時性と、あり得ない時間の逆転、不合理による救い?どうしてこの舞台はいつの時代かわからない、「田舎」なのだろう?

この小説は何なんだろう?正直、一回読んだだけではまだわかっていない気がする。

舞台は全然違うのに、この不思議な世界はまるで現実感がなくて、「どこにもない国」に通じるものがあるような気がする。

【書評】The Meaning of Life 人生の意味(ブラッドリー・トレバー・グリーブ)【66冊目】

概要

Open your eyes. Keep Questioning. Follow your Dreams. Enjoy your life.

帯によると、シリーズ累計1300万部も売れたらしい。

この本の内容は、上の4つのメッセージを繰り返しているだけである。シンプルだが、忙しい日常生活の中で埋もれてしまいがちだ。

なんといっても写真が素晴らしい。表紙の写真は、リゾートアイランドの犬が、水上コテージを遠くに見つめている様子である。なんと味わいのある写真だろうか。

この本はほとんどが写真であり、各ページは、1枚の写真が9割のスペースを占め、その下に、1文だけ日本語と英語で文章が書いてある。

感動的な写真のおかげで、上のメッセージが、心に素直にしみ込んでくる。日常生活で動物を見ることなどほぼ無いので、動物たちがこのように人間臭い表情を見せることに驚かされてしまう。彼らはユーモラスでありながらはっとさせる。とても新鮮な感覚で写真に接することができる。

64ページ目のねこちゃん可愛い。

Open your eyes

日常の忙しさに流されて、色眼鏡に凝り固まっていないだろうか。生きていることの不思議さに気づけなくなっていないだろうか。目を見開き、色眼鏡をすべて捨て去れば、世界の見え方が変わる。其れは、必然的に、人生の意味を問い直す体験になる。

Keep Questioning

人生は矛盾に満ちている。仲良くしたいのに争う。賢いのに見た目がダサい。個性を主張しながら、意外にルールに従順にふるまう。大きなものに気を取られるが、小さなものがいくら美しくても気づけない。家族や恋人のために尽くすと決めておきながら、自分が犠牲になると疲れてしまう。

人生に慣れると、そうした矛盾にも慣れてしまう。そして、無関心な大人になり、日常の仕事に流される。そして、年老いたある日、送りたかった人生ではないと気付く。もう手遅れなのに。そのことに気付くと、ますます不満と不安だらけの人生を送るようになる。

後悔しないために、常に人生の意味を問い続けるべきだ。

Follow your dreams

自分のしたいことに正直になり、夢を追いかけよう。そうすれば、失敗しても、疲れても、心地よい。その姿勢が伝播していけば、あなたの周りから世界を変えていくことになる。

Enjoy Life

それが、人生を楽しむ秘訣である。

本書の主張はこのような主張であり、同様の書物が山ほど出ている。自己啓発書の完成形と言えるだろう。これがたったの130センテンスに収められているのである。

もちろん、人生の意味は何か、の答えなど書いていない。答えは人によって違うのだから、自分で考えるしかないのだ。それでも、この本の価値が損なわれるとは思わない。

人生の普遍的な問いに立ち戻り、しみじみとしてしまう本だ。

【書評】シャーロック・ホームズの思い出(コナン・ドイル)【65冊目】

概要

ホームズ最後の事件を収録。

シャーロック・ホームズのラスボスはモリアーティ教授である。

モリアーティ教授は数学の天才であったが、犯罪傾向から教授職を追われ、世間から隠遁し、ひっそりと軍人の家庭教師をして過ごしている。しかし、実際には人の心を巧みに操り、巨大な犯罪組織を指先のように器用に動かし、実にロンドンの犯罪の半数を一人で起こしている。

どんなに末端の犯罪から糸をたどっていっても、モリアーティ教授にはたどり着かない。彼は最も安全な場所から、指図するだけで、膨大な殺人・詐欺・強盗事件を起こしている。

ホームズだけがモリアーティ教授の存在に気付いており、遂には滝壺にモリアーティ教授を誘い出し、心中する。ワトソンに残された遺書と綿密な捜査資料から、モリアーティ教授の犯罪組織は芋づる式に検挙され、ロンドンには平和が戻ったのだった。

ホームズはなぜ命を捨てたのか?

それは、一件一件犯罪を解決することには飽き足らなくなり、ロンドン中全ての犯罪を一網打尽にすることこそ自らの使命と考えたからだった。

【書評】犬の力(ドン・ウィンズロウ)【64冊目】

概要

麻薬戦争における、麻薬捜査官とカルテルの血で血を洗う戦い。

メキシコとアメリカの国境では、何十年も「戦争」が起きている。アメリカの麻薬警察と、メキシコのカルテルが、果てしないいたちごっこを続けているからだ。

あらすじ(ネタバレ) アート編

主人公アートは麻薬警察の一員として無頼に任務をこなしていたが、ある時自分の上司が実はカルテルの大ボスであることに気付いてしまう。カルテルの大ボスが、身分を隠して警官となり、裏から操作を巧妙に捻じ曲げ、私欲のために役立てていたのだ。

ボスの名前は「テイオ(叔父貴)」バレーラ。バレーラは天才的な戦略家だ。

我々の武器は麻薬ではない。広大な、アメリカとメキシコとのこの国境線だ。

何度取引の現場や麻薬生産所を浄化しても、国境のどこかに新しいルートが生まれ、無限にカルテルの富は増え続けていく。

とはいえ、200ページほどの戦いにより、ついにアートはバレーラを倒すことに成功する。この200ページの間に多くの重要人物が死ぬ。しかし、何かがおかしい。相変わらず、無限のいたちごっこは繰り返され、何も変わらない。アートが倒したのは「ケルベロス」計画のごく一部に過ぎないことを知る。

ケルベロスとは、アメリカと共産主義の戦いであり、市民が知ってはいけない領域にアートは踏み込んでいたのだ。

それと同時に、バレーラの甥二人組が頭角を現す。この二人は全く正反対の性格で、互いに補い合い、バレーラより厄介であった。

あらすじ(ネタバレ) カラン編

ニューヨークの貧民街ヘルズキッチンには、多くのアイルランド系移民がいた。彼らは虐げられていた。カランは生まれつき、残忍ではないが冷酷だった。何度も命を落としかけたが、躊躇なく殺人を犯すことで生き延びてきた。

気付くと、トップとして町を牛耳るようになっていた。カランは空虚さと家族への愛から引退した。

しかし、一度殺し屋になったものは負の連鎖から抜け出すことができなかった。家族を失い、カランは麻薬戦争のキーパーソンとして巻き込まれていく。

 

この二人を軸として物語は進んでいくが、富裕層出身で美男子の快楽殺人者マルチネス(バレーラ兄弟の部下)など、濃いキャラや見どころが多い。

逆に絶世の美女の娼婦というお色気キャラが出てくるのは、大衆エンターテイメント作家のドン・ウィンズロウらしい。

復讐が連鎖し、次々に主要キャラがカルテルの幹部は殺され、世代交代していく。それでもカルテルの力は衰えないどころか、全てを飲み込んでいく。麻薬とはここまで恐ろしい力だったのか。麻薬の秘める無限の可能性は、個人を破滅させるどころか、世界を一変させていく。

【書評】野心のすすめ(林真理子)【63冊目】

概要

高望みで人生は変わる。

凄い野心がある人だ。普通の若者が、ここまで欲望の炎を燃やせるものだろうか?

高望みをしても、達成できるのはその数パーセント。ということは、そこそこの人生を望めば、それより低い人生が待っているはずだと説く。必ずしもそうとは思えないが、著者は次のようにいう。

夜景の綺麗な高層マンションに暮らし、モデルと付き合い、女子アナと合コンし放題、という人生を夢見て、徐々に軌道修正していけば、気立ての優しい女性と結婚して、休日は子供と遊ぶ、という幸福な人生が待っているはずです。

要は、人生何が起こるかわからないから、攻め過ぎくらいの姿勢で行かないと、望むところには決してたどり着かないというのが著者の人生観だ。

それなのに、野心が希薄な時代がやってきた。社会は二極化し、下流社会という言葉が生まれ、草食系と呼ばれる人々が増えている。それが堪らなかったのでこの本を書いたのだという。

確かにそうかもしれない。では、野心を実現したら、どんな世界が待っているのだろうか?林真理子はいろいろな面で成功してきた人だから、それを教えてほしいと思って読み進めた。

自分に投資すると人気がついてくる

このくだりはすごく面白い。お金はとにかく不必要なぜいたくに投資する。高級旅館に泊まり、ふと思いついて遠くの国宝を見に行き、イタリアのサンマルコ広場に自分の足で立ってみる。

知り合いの奥さんに、
「林さんと話していると男の人は面白いでしょうねぇ。政治、経済、オペラ、歌舞伎、小説、おいしいワインやお店など何でも知っているから…」
と言われ、泣きそうなほど嬉しかったんです。

この無邪気さが可愛いではないか。

自分への投資が実を結べば、いろいろな人が寄ってきて、声がかかり、また面白い人に出会って、どんどん魅力的な人間になれる。

とても打算的ではないか。ほかには、

野心と強運の不思議な関係

野心と努力が重なり合ったときに、神様が強運をくれると言っていたり、

糸井さんや仲畑さんの超一流オーラ

という章では一流は一流で、三流は三流で固まるから、出会いのために野心を持たなければいけないと言っている。

確かに、野心を持てば、金の使い方が変わり、周りにいる人が変わり、人生が変わるような気がしてくる。

【書評】レヴィナス 何のために生きるのか(小泉義之)【62冊目】

概要

哲学者レヴィナスを分かりやすく解説した本。

ユダヤ人哲学者で、ホロコーストを生き延びたレヴィナス。高名な哲学者だが、その本は何を言っているのかさっぱりわからない。なので、こうした入門書は貴重である。

小泉氏は、あえて「何のために生きるのか」というテーマに絞ってレヴィナスを解説してくれている。口調がとても分かりやすい。しかも、哲学の結論は先延ばしにしたくないと言い、初めの章に結論を書いてくれている。非常に親切だ。

人は「生きなければならない」という「契約」を何者かと結んでこの世に産み落とされる。そのため、簡単に自殺出来ない。だから、苦痛に満ちた人生を「何のために生きるのかわからないまま」生き続けなくてはいけない。

だから人は生きる目的について考えるが、毎回「エゴイズム」という「自分のために生きる」という結論に行きつくようにできている。つまり、

  • 健康
  • 幸福
  • 平穏
  • モテる・性欲の充足
  • 仕事への満足
  • 成功
  • 地位
  • 名誉
  • ライフワークの成就

といった様々な「人生の目的」は、全て自分のために何者かを享受することに過ぎない。

この目的のうちどれを達成しても、人間は人生が依然としてつらく、また別の「人生の目的」を求めてさまよってしまうのだ。これが「自問自答」の状態、「逃走の欲求」である。自問自答をしている限り、永遠にさまよう運命は変えられない。

この悲しい運命から救われる方法はあるのだろうか。どのように生きることがその答えなのだろうか。

レヴィナスの答えは「他者」である。他者のために生き、配偶者のために生きる。そして生殖を通じて、人類のために生きる。これらは、自分のための人生ではない。自問自答ではない。自分のために生きるという「契約」のもと、それが他者の役にも立っているようにして生きる。それができたら、生殖を通して他者のために生きる。または、死ぬことを通して他者のために生きる。

つまり、「人生の目的」とは、労働・生殖・死において、たまたま他者や人類のためになるように生きることと結論している。この結論を補強するために、契約、逃走、他者、顔といったレヴィナスの概念がある。