【書評】料理人(ハリー・クレッシング)【80冊目】

概要

料理人が貴族の家を乗っ取る話。

作者のハリー・クレッシングは誰かの変名らしく、この本の作者がだれなのかはわかっていないという。

奇跡的な料理の能力、頭脳と腕力、美、魅力、人脈全てを備えた出自不明の主人公コンラッドがコックとして雇われてから、ヒル家の様子は次第に変わっていく。最初は朝食のパンがマフィンに変わった程度だった。しかし、次第に・・・。

この小説の主人公は飢えた黒鷲のようだと形容されるが、最後の最後の1ページでその正体を現す。これを読んだ人は、コンラッドは悪魔だと思わざるを得ないだろう。

【書評】砂の本(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)【79冊目】

概要

幻想短編小説集。

29の短編が収録されている。この本は全ての短編が傑作なのだが、特に気に入ったものについて書き記しておきたい。

  • 「会議」
    秘密結社「会議」はメンバーで無いものが地球上に一人もいない、史上最大の会議である。その首謀者の最後の生き残りによる回顧録が始まる・・・。
  • 「三十派」
    キリスト教系の邪教「三十派」。彼らは蓄財を禁じ、廃墟に住み、裸体で暮らすという。ある修道士が彼らの真の目的を知り、最期に書き残そうとする・・・。この話は設定も優れているが、5ページで完結するところも天晴!
  • 「鏡と仮面」
    王が詩人に詩を依頼する。詩人は1年に1度詩を献上し、大成功をおさめた。しかし3年目の年、何かが起きてしまう。
    「頌歌は出来上がらなかったのか」「いいえ、確かにできました」詩人は悲しげに答えた。「願わくば、主キリストがそれを禁じたまえばよかったものの・・・」
  • 「円盤」
    “オーディンの円盤”とは何なのか?
    「これがオーディンの円盤じゃ。片側しかない。この世に、片側だけしか持たぬ者は、他にひとつもない。これがわしの手にある限り、わしは王なのじゃ」
  • 「砂の本」
    「彼が言うには、この本は『砂の本』と言うのです。はじめのページもなければ終わりのページもない。ページの数は無限だ・・・」
  • 「仮面の染物師メルヴのハキム」
    常に仮面で顔を隠している男が、預言者となり絶大な権力を手にし・・・

 

【書評】戦闘妖精雪風/グッドラック/アンブロークンアロー(神林長平)【78冊目】

概要

人間の主観と異なる形式の認識主観を持つ存在との闘いを描くSF。3部作未完

30年にわたり戦闘機を送り込んでくる異星体「ジャム」。実はその正体は、人間とは全く異なる認識方法を持つ存在であった。

人間はジャムと必死に戦っていたつもりだった。しかし、実はジャムが敵として認識し、コミュニケートしていたのは、軍の人工知能のほうで、人間は正体不明の付属物と認識されていたに過ぎなかったのではないだろうか・・・。

さらに、人類がジャムの本拠地だと思って戦っていたフェアリィ星が実は・・・。

こんなストーリーは常人には絶対考え付かない!

1・2巻はほぼ伏線に過ぎず、3巻が本領発揮である。ジャムと同じ認識形態に引きずり込まれ、主観が崩壊した世界を実に見事に描き出している。並行宇宙を「リアルに」「言語として」「機械による認識と並行に」認識する世界でもがきながらジャムと闘わなければならないのだが、その圧倒的な恐怖感が伝わってくる。

【書評】ミサキラヂオ(瀬川深)【67冊目】

概要

田舎の港町「ミサキ」で、水産加工会社の社長はラジオ局開設を決意する。「ミサキラヂオ」は、何故か時々音が遅れて届くのだった・・・。

あまりに表紙の絵が素晴らしくて買ってしまった。

いったいこの不思議な小説は何なのだろう?

他の瀬川作品と同様、農業、分子生物学、音楽、パラグアイ、モテない青年といったモチーフがちりばめられているが、この作品はカオスを極めている。

20人ほどの主人公の織りなす群像劇なのだが、ストーリーが在るようで無く、テーマが在るようで無く、主人公が在るようで無く、でもやはり無いようで在る。

社長や天満翔平や録音技師、小説家、農業青年、音楽教師、ドクトルといった陰のあるキャラクターは凄いリアルで、まるで本人がそこにいるかのようだ。

地の文章は面白いとしても、テーマは何なんだろう?群像の織りなす共時性と、あり得ない時間の逆転、不合理による救い?どうしてこの舞台はいつの時代かわからない、「田舎」なのだろう?

この小説は何なんだろう?正直、一回読んだだけではまだわかっていない気がする。

舞台は全然違うのに、この不思議な世界はまるで現実感がなくて、「どこにもない国」に通じるものがあるような気がする。