【書評】サキ短編集(サキ)【87冊目】

概要

ブラックユーモアの短編集。

サキはイギリスではO・ヘンリーと並ぶ知名度の短編作家である。

彼の短編は5ページほどで終わるが、必ずどんでん返しとブラックユーモアを含んでおり、まさにそういうのが好きな人間にはたまらないほどの職人技となっている。

この短編集の「開いた窓」は特に見事で、最高傑作に数えられている。

【書評】テロリストのパラソル(藤原伊織)【86冊目】

概要

乱歩賞&直木賞同時受賞の国産ハードボイルド小説。

ハードボイルド小説って何なんだろう。それは硬派でカッコいい主人公が愛のために孤軍奮闘する小説だろう。

この小説の魅力は主人公の魅力と、謎の敵の魅力だろう。

主人公は、全共闘に参加し、のちに爆弾事故を起こして公安に指名手配されている。元東大生。元ボクサー。48歳。いくつもの職を逃げるように転々とし、住み込みのバーテンダーをしている。月収5万円。アル中で、新宿中央公園でウイスキーを飲むのが日課。

主人公は一切の偏見が無い。金にも女にも学歴にも名誉にも興味はない。やくざにもホームレスにも付き合う。無口で強く優しい。

平穏に暮らす彼はいつも通り新宿中央公園でウイスキーを呷っていた。突然、彼の目の前で爆弾テロが起こる。何とか鉄片が突き刺さった程度で生き延びた主人公は、気づけば過去の経歴から、爆弾テロの実行犯として警察に追われる立場になっていた。

彼は、はめられたのだ。誰に、何のために?

という滑り出し。

この小説は、ハードボイルドの古典である「長いお別れ」のファンなら必ず気に入るだろうと思う。男の真の友情の本質を切なく描いている。

【書評】詐欺の帝王(溝口敦)【85冊目】

概要

詐欺の帝王がジャーナリストに懺悔した内容。

帝王がどのくらい帝王かと言うと、ピークには週に9000万円が彼の懐に入っていた。一度、恋人のキャバ嬢を1位にするために、一晩に4000万円を使ったらしいが、痛くも痒くもなかったという。

彼の財源は

  • オレオレ詐欺(発明者)
  • ワンクリック詐欺
  • 未公開株詐欺
  • 社債詐欺
  • イラクディナール詐欺(発明者)

など100通り以上にも及ぶ。

どうやって帝王は上り詰めたのか。

経歴

帝王は大学進学に伴い上京したが、1年生の時にはすでにイベサーを掌握していた。土曜日のベルファーレを6時間120万円で借り切り、スーパーフリーに250万円で売るといったことをやっていた。

当時帝王の上にいたSTという人間は暴力団の子息を顎で使い、のちにマッキンゼーに入社した非常に頭の切れる人間だったという。

大学を1単位以外全て「優」で卒業。卒論は「イノベーション」について。大学卒業後は大手広告代理店に入社するが、5年で左遷されそれを不満に退社。スーパーフリー事件との関与を会社に疑われたからだ。

その後、闇金に参入し、システム詐欺に手を広げた。2002年に闇金を始めてから2年後には、オレオレ詐欺を創始したという。

2008年にはタンス預金が何百億もあった。1億円でミカン箱一つ分だが、それが何百箱もあったのだという。襲撃事件もたびたびあったし、税務署にも襲撃された。

そこで、帝王は海外に資金を対比させることを考えた。ドバイに遊びに行ったときにイラクディナールを日本に持ち帰り、両替できないことに落胆したが、転んでもただは起きぬ帝王、イラクディナール詐欺を思いついたのだという。

海外に資産は分散した。仲間はどんどん逮捕された。帝王も、逮捕で資金を没収されたくないから、自ら引退を決意した。しかし後には、自由に引き出せない巨額の口座のみが残った。

システム詐欺とは何か

システム詐欺とは、1人の個人を複数の店が囲い込み、次から次へと「かぶせ」詐欺を行う、組織的劇場型詐欺である。

例えば自転車操業になって、ある闇金に元金が返済できなかったとする。しかし、グループ全体でみれば、本当にその人に貸した元金は最初の100万程度であり、グループ全体で得た金利や詐欺額からすれば無視できる範囲である。と言う仕組みである。

【書評】知覚の扉(オルダス・ハクスリー)【84冊目】

概要

メスカリン(LSD)をやってみたときの記録。

メスカリンの危険性がまだ知られていなかった1960年。当時は薬局で売っていたというメスカリンを摂取した際の、「トリップ」と「バッドトリップ」の詳細な記録がつづられている。

とはいえわずか90ページしかなく、ハクスリーの小説作品を読んでいる人間には物足りないだろう。

というか、「事実は小説より奇なり」の逆で、ハクスリーの小説のほうがよほど常軌を逸したストーリーとなっている。

LSDはただの幻覚剤であると知ってしまい、ある意味夢を失った現代人から見ると、悲しいかな、トリップの描写も、「へぇー」という感じで極めて淡々と読めてしまう。

【書評】無茶振りの技術(髙城幸司)【83冊目】

概要

「振り上手」になるためのハウツー本。

目次

  1. 社長だって仕事を振られている
  2. なぜあの人は仕事を抱え込むのか
  3. この「やらされ感」はどこから来るのか
  4. あえて突然、振ってみる
  5. おいしそうな仕事に加工するための7か条
  6. 「何かあったら連絡して」と言ってはいけない
  7. 無茶振り上手になる意味

無茶振りの社会的意義(目立つチャンス、仕事は天下の廻りもの、的な?)や、無茶振りで嫌われるメカニズムを理解することで、それを避け、お互いにWin-Winの無茶振りをできるようになりましょうという本。

ここまで気を遣ったら、もはや普通に人材育成に過ぎない。

つまり世の中で問題になっている「無茶振り」はこの本でほぼ語られていないようなもの。

こんな特殊な『無茶振り』について「のみ」語られても・・・。

仮に「上手な仕事の割り振り方」だったら売れなかっただろうなぁ。

ちょっとタイトル詐欺的な肩透かし感。内容について要約すると「相手の得になるよう渡してあげよう」。

【書評】すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)【82冊目】

概要

「ユートピア」の不幸さを描くSF小説。

未来のある日。そこはユートピアと化していた。

人工授精により、優れた人間から劣った人間までが決まった割合で生産される。最も優れた階層はアルファ(α)、最も劣った階層はイプシロン(ε)である。α/β/γ/δ/εにはあらかじめつける職業が決まっている。世界の維持には様々な職業が必要である。だから、ユートピアでは、

「人為的に、『劣った』人間が、下働きとして生産されている」

のだ。

αたちは労働をせず、学校にも行かない。学習は、睡眠学習機により自動的に行われるからだ。彼らはフリーセックスと、ソーマと言われる麻薬(向精神薬)を楽しんでいる。

一見して理想的な退廃の世界。しかしこのユートピアは実は、壁に囲まれた区域で、外には「野蛮人」の世界が広がっていることを誰も知らない・・・。

主人公は、フリーセックスも麻薬も本能的に避けてしまう男性で、このユートピアに違和感を感じ、疎外されている。しかしある事件を起こし、それがきっかけで「野蛮人」の一人がこのユートピアに紛れ込んでしまうのだった。

彼、その野蛮人は欠乏から解き放たれて、幸福になるのか、それとも・・・?

ここまでが第一部。第二部で絶望的な結末が待っている。

現代はBRAVE NEW WORLD。「立派な」とか、「勇ましい」とかいう意味がある。

【書評】真の独立への道(マハトマ・ガンジー)【81冊目】

概要

ガンジーが非暴力による独立運動を説く。

ガンジーは非暴力不服従主義を貫いてインドをイギリスから独立させた中心人物で、「インド独立の父」と呼ばれる。

この本は、船上でのガンジーの自問自答を記したもので、クジャラーティー語で書かれたものだ。

ガンジーは日本でも有名だが、その思想の具体的な内容についてはあまり日本人には知られていないのではないだろうか?例えば「塩の行進」では彼についていった6000人もの人が投獄された。彼の思想はどのようなもので、なぜそんなにも多くの人を動かしたのだろうか?

ガンジーの思想は次のようになる。

  1. 我々は支配国のイギリスではなく、イギリスが罹っている病気である西欧文明と闘うべきだ。
  2. 文明は欲望を煽る病気で、古代インドから続く生活と宗教より劣った生活形態である。
    • 機械/蓄財/鉄道/弁護士/医者により庶民は争いへと煽られ、メリット以上のデメリットが生まれている。蓄財のために奴隷労働の日々を送り、鉄道により疫病や飢饉や悪人が往来し、弁護士が報酬のために原告と被告の争いに火を注ぎ、医者がその場しのぎの薬を処方することで人々の自然治癒力を奪っている(20世紀の抗うつ薬のようだ)。
    • 武器/大砲は、人を殺すため王が必要とするもので、庶民には不要。
  3. 我々の最強の剣は「サッティヤーグラハ」、魂の力である。これは、慈悲の力を使って理不尽に耐え、周囲の人と平和に生きることであり、「真の文明」を実現する。
    • 剣/大砲を使えば、周囲の人を戦火の応酬に巻き込んでしまう。「剣を使うものは剣によって死ぬ」からだ。
  4. 我々の戦いのゴールは、イギリスが軍隊をインドから引き上げ、塩税のような理不尽な法を撤廃し、奪った富を返還することだ。

なんて分かりやすく、説得力に満ちた思想なのだろうか。

150ページしかない。

【書評】料理人(ハリー・クレッシング)【80冊目】

概要

料理人が貴族の家を乗っ取る話。

作者のハリー・クレッシングは誰かの変名らしく、この本の作者がだれなのかはわかっていないという。

奇跡的な料理の能力、頭脳と腕力、美、魅力、人脈全てを備えた出自不明の主人公コンラッドがコックとして雇われてから、ヒル家の様子は次第に変わっていく。最初は朝食のパンがマフィンに変わった程度だった。しかし、次第に・・・。

この小説の主人公は飢えた黒鷲のようだと形容されるが、最後の最後の1ページでその正体を現す。これを読んだ人は、コンラッドは悪魔だと思わざるを得ないだろう。

【書評】砂の本(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)【79冊目】

概要

幻想短編小説集。

29の短編が収録されている。この本は全ての短編が傑作なのだが、特に気に入ったものについて書き記しておきたい。

  • 「会議」
    秘密結社「会議」はメンバーで無いものが地球上に一人もいない、史上最大の会議である。その首謀者の最後の生き残りによる回顧録が始まる・・・。
  • 「三十派」
    キリスト教系の邪教「三十派」。彼らは蓄財を禁じ、廃墟に住み、裸体で暮らすという。ある修道士が彼らの真の目的を知り、最期に書き残そうとする・・・。この話は設定も優れているが、5ページで完結するところも天晴!
  • 「鏡と仮面」
    王が詩人に詩を依頼する。詩人は1年に1度詩を献上し、大成功をおさめた。しかし3年目の年、何かが起きてしまう。
    「頌歌は出来上がらなかったのか」「いいえ、確かにできました」詩人は悲しげに答えた。「願わくば、主キリストがそれを禁じたまえばよかったものの・・・」
  • 「円盤」
    “オーディンの円盤”とは何なのか?
    「これがオーディンの円盤じゃ。片側しかない。この世に、片側だけしか持たぬ者は、他にひとつもない。これがわしの手にある限り、わしは王なのじゃ」
  • 「砂の本」
    「彼が言うには、この本は『砂の本』と言うのです。はじめのページもなければ終わりのページもない。ページの数は無限だ・・・」
  • 「仮面の染物師メルヴのハキム」
    常に仮面で顔を隠している男が、預言者となり絶大な権力を手にし・・・

 

【書評】戦闘妖精雪風/グッドラック/アンブロークンアロー(神林長平)【78冊目】

概要

人間の主観と異なる形式の認識主観を持つ存在との闘いを描くSF。3部作未完

30年にわたり戦闘機を送り込んでくる異星体「ジャム」。実はその正体は、人間とは全く異なる認識方法を持つ存在であった。

人間はジャムと必死に戦っていたつもりだった。しかし、実はジャムが敵として認識し、コミュニケートしていたのは、軍の人工知能のほうで、人間は正体不明の付属物と認識されていたに過ぎなかったのではないだろうか・・・。

さらに、人類がジャムの本拠地だと思って戦っていたフェアリィ星が実は・・・。

こんなストーリーは常人には絶対考え付かない!

1・2巻はほぼ伏線に過ぎず、3巻が本領発揮である。ジャムと同じ認識形態に引きずり込まれ、主観が崩壊した世界を実に見事に描き出している。並行宇宙を「リアルに」「言語として」「機械による認識と並行に」認識する世界でもがきながらジャムと闘わなければならないのだが、その圧倒的な恐怖感が伝わってくる。