【書評】パスタでたどるイタリア史(池上俊一)【91冊目】

概要

パスタの歴史!

まず、本を開くといきなり16頁ものフルカラー写真。パスタとともにあるイタリア人の生活が生き生きと捉えられている。

多くの日本人はパスタが大好きだ。

パスタの歴史をひもとくと、大航海時代以前と以後でかなり違う。

パスタの発明までは、まず小麦の栽培がメソポタミアで紀元前8000年前後に始まり、紀元前700年前後にはローマ帝国で前パスタ的なものが作られていた。しかし、それはまだパスタではなく、

  • ラザーニャのようなシート型
  • 細切りにして油で揚げる
  • 焼く
  • ハチミツや胡椒と和える

といった食べられ方をしていたのだ。

しかも、中世の王侯貴族らの主食は肉であり、油はラードであった。そのような食事以外は、女性的なものとしてさげすまれ、長い間パスタは日の目を見なかった。当然、パスタやオリーブオイルは女性的な食事だった。

パスタの復活は13世紀末である。しかし依然として、

  • ラザーニャ状
  • ブロードで煮る
  • 四角く切って煮る
  • 粉チーズをかけて食べる

といった現代とはかけ離れたものであった。マッケローニと総称され、「薬」「貴重品」として扱われており、製麺所が次第に増えていった。そしてついにヴェルミチェッリ、今日のスパゲッティの形状のものが誕生した。パスタは爆発的に流行し、1614年には規制されるほどであった。

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しかし驚くべきに、パスタは「手づかみ」でチーズや「砂糖」をかけて食べられていたのだ。

我々が知っているパスタは、トマトとニンニク、唐辛子が無ければ成り立たないから、驚きだ。トマトやその他の材料との出会いは、新大陸からそれらがもたらされるまで待たなければならないのだ。

その他のエピソード

上記のエピソードだけでは、本書の魅力の10分の1も伝えられていない。

例えば、誰もが働かずぐーたら暮らしていて、パスタが山の上から流れてくるのでそれを食べれば生きていけるという楽園「クッカーニャの国」の存在。

そして、パスタを禁じ、芸術的な肉の盛り付けに腐心したという「未来派」の人々。

我々が知らなかったような驚く歴史がこれでもかと語られるのだ。

 

【書評】西洋絵画の歴史1(高階秀爾・遠山公一)【89冊目】

概要

ルネサンスの代表作を200点前後含む、文庫サイズのフルカラー写真集。

美術館を1週間分回ってようやく見られるほどの量の絵画が、文庫サイズにフルカラーで収録されているという、驚愕の本。

解説も素晴らしく、ルネサンスがいつ始まって、代表作がどのようなコンテキストを持っているのか明らかにしてくれる。

1420年のマザッチョを皮切りに載っている。

この本が素晴らしいのは、絵画だけでなく建物の中の写真がふんだんに乗っていることだ。ルネサンス絵画は建物と組み合わせて宗教的体験を可能にする施設として機能してきたが、

  • 礼拝堂
  • 大聖堂
  • 天井
  • 祭壇
  • 内陣障壁

などが、間取り図と写真を交えて解説されている。

場所を取らないし、この本が1200円とは、信じられないくらい安いと思う。

【書評】アラン島(シング)【88冊目】

概要

1899年のアイルランドの孤島での生活について。

孤独な戯曲家シングは友人の勧めでアイルランドのアラン島に1899年にわたった。表向きはゲール語を学ぶことだった。アラン島では、文明と隔絶した生活が送られていた。

ページをめくると、最初にアラン島の生活の写真が4枚ある。石を積み上げた家と、老婆と、大きな豚が写っている。

村の老人たちから聞いた話が集められている。妖精が信じられていたため、妖精の話が多い。

「失われた日本人」に少し近い趣がある。

【書評】すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)【82冊目】

概要

「ユートピア」の不幸さを描くSF小説。

未来のある日。そこはユートピアと化していた。

人工授精により、優れた人間から劣った人間までが決まった割合で生産される。最も優れた階層はアルファ(α)、最も劣った階層はイプシロン(ε)である。α/β/γ/δ/εにはあらかじめつける職業が決まっている。世界の維持には様々な職業が必要である。だから、ユートピアでは、

「人為的に、『劣った』人間が、下働きとして生産されている」

のだ。

αたちは労働をせず、学校にも行かない。学習は、睡眠学習機により自動的に行われるからだ。彼らはフリーセックスと、ソーマと言われる麻薬(向精神薬)を楽しんでいる。

一見して理想的な退廃の世界。しかしこのユートピアは実は、壁に囲まれた区域で、外には「野蛮人」の世界が広がっていることを誰も知らない・・・。

主人公は、フリーセックスも麻薬も本能的に避けてしまう男性で、このユートピアに違和感を感じ、疎外されている。しかしある事件を起こし、それがきっかけで「野蛮人」の一人がこのユートピアに紛れ込んでしまうのだった。

彼、その野蛮人は欠乏から解き放たれて、幸福になるのか、それとも・・・?

ここまでが第一部。第二部で絶望的な結末が待っている。

現代はBRAVE NEW WORLD。「立派な」とか、「勇ましい」とかいう意味がある。

【書評】真の独立への道(マハトマ・ガンジー)【81冊目】

概要

ガンジーが非暴力による独立運動を説く。

ガンジーは非暴力不服従主義を貫いてインドをイギリスから独立させた中心人物で、「インド独立の父」と呼ばれる。

この本は、船上でのガンジーの自問自答を記したもので、クジャラーティー語で書かれたものだ。

ガンジーは日本でも有名だが、その思想の具体的な内容についてはあまり日本人には知られていないのではないだろうか?例えば「塩の行進」では彼についていった6000人もの人が投獄された。彼の思想はどのようなもので、なぜそんなにも多くの人を動かしたのだろうか?

ガンジーの思想は次のようになる。

  1. 我々は支配国のイギリスではなく、イギリスが罹っている病気である西欧文明と闘うべきだ。
  2. 文明は欲望を煽る病気で、古代インドから続く生活と宗教より劣った生活形態である。
    • 機械/蓄財/鉄道/弁護士/医者により庶民は争いへと煽られ、メリット以上のデメリットが生まれている。蓄財のために奴隷労働の日々を送り、鉄道により疫病や飢饉や悪人が往来し、弁護士が報酬のために原告と被告の争いに火を注ぎ、医者がその場しのぎの薬を処方することで人々の自然治癒力を奪っている(20世紀の抗うつ薬のようだ)。
    • 武器/大砲は、人を殺すため王が必要とするもので、庶民には不要。
  3. 我々の最強の剣は「サッティヤーグラハ」、魂の力である。これは、慈悲の力を使って理不尽に耐え、周囲の人と平和に生きることであり、「真の文明」を実現する。
    • 剣/大砲を使えば、周囲の人を戦火の応酬に巻き込んでしまう。「剣を使うものは剣によって死ぬ」からだ。
  4. 我々の戦いのゴールは、イギリスが軍隊をインドから引き上げ、塩税のような理不尽な法を撤廃し、奪った富を返還することだ。

なんて分かりやすく、説得力に満ちた思想なのだろうか。

150ページしかない。

【書評】The Meaning of Life 人生の意味(ブラッドリー・トレバー・グリーブ)【66冊目】

概要

Open your eyes. Keep Questioning. Follow your Dreams. Enjoy your life.

帯によると、シリーズ累計1300万部も売れたらしい。

この本の内容は、上の4つのメッセージを繰り返しているだけである。シンプルだが、忙しい日常生活の中で埋もれてしまいがちだ。

なんといっても写真が素晴らしい。表紙の写真は、リゾートアイランドの犬が、水上コテージを遠くに見つめている様子である。なんと味わいのある写真だろうか。

この本はほとんどが写真であり、各ページは、1枚の写真が9割のスペースを占め、その下に、1文だけ日本語と英語で文章が書いてある。

感動的な写真のおかげで、上のメッセージが、心に素直にしみ込んでくる。日常生活で動物を見ることなどほぼ無いので、動物たちがこのように人間臭い表情を見せることに驚かされてしまう。彼らはユーモラスでありながらはっとさせる。とても新鮮な感覚で写真に接することができる。

64ページ目のねこちゃん可愛い。

Open your eyes

日常の忙しさに流されて、色眼鏡に凝り固まっていないだろうか。生きていることの不思議さに気づけなくなっていないだろうか。目を見開き、色眼鏡をすべて捨て去れば、世界の見え方が変わる。其れは、必然的に、人生の意味を問い直す体験になる。

Keep Questioning

人生は矛盾に満ちている。仲良くしたいのに争う。賢いのに見た目がダサい。個性を主張しながら、意外にルールに従順にふるまう。大きなものに気を取られるが、小さなものがいくら美しくても気づけない。家族や恋人のために尽くすと決めておきながら、自分が犠牲になると疲れてしまう。

人生に慣れると、そうした矛盾にも慣れてしまう。そして、無関心な大人になり、日常の仕事に流される。そして、年老いたある日、送りたかった人生ではないと気付く。もう手遅れなのに。そのことに気付くと、ますます不満と不安だらけの人生を送るようになる。

後悔しないために、常に人生の意味を問い続けるべきだ。

Follow your dreams

自分のしたいことに正直になり、夢を追いかけよう。そうすれば、失敗しても、疲れても、心地よい。その姿勢が伝播していけば、あなたの周りから世界を変えていくことになる。

Enjoy Life

それが、人生を楽しむ秘訣である。

本書の主張はこのような主張であり、同様の書物が山ほど出ている。自己啓発書の完成形と言えるだろう。これがたったの130センテンスに収められているのである。

もちろん、人生の意味は何か、の答えなど書いていない。答えは人によって違うのだから、自分で考えるしかないのだ。それでも、この本の価値が損なわれるとは思わない。

人生の普遍的な問いに立ち戻り、しみじみとしてしまう本だ。

【書評】犬の力(ドン・ウィンズロウ)【64冊目】

概要

麻薬戦争における、麻薬捜査官とカルテルの血で血を洗う戦い。

メキシコとアメリカの国境では、何十年も「戦争」が起きている。アメリカの麻薬警察と、メキシコのカルテルが、果てしないいたちごっこを続けているからだ。

あらすじ(ネタバレ) アート編

主人公アートは麻薬警察の一員として無頼に任務をこなしていたが、ある時自分の上司が実はカルテルの大ボスであることに気付いてしまう。カルテルの大ボスが、身分を隠して警官となり、裏から操作を巧妙に捻じ曲げ、私欲のために役立てていたのだ。

ボスの名前は「テイオ(叔父貴)」バレーラ。バレーラは天才的な戦略家だ。

我々の武器は麻薬ではない。広大な、アメリカとメキシコとのこの国境線だ。

何度取引の現場や麻薬生産所を浄化しても、国境のどこかに新しいルートが生まれ、無限にカルテルの富は増え続けていく。

とはいえ、200ページほどの戦いにより、ついにアートはバレーラを倒すことに成功する。この200ページの間に多くの重要人物が死ぬ。しかし、何かがおかしい。相変わらず、無限のいたちごっこは繰り返され、何も変わらない。アートが倒したのは「ケルベロス」計画のごく一部に過ぎないことを知る。

ケルベロスとは、アメリカと共産主義の戦いであり、市民が知ってはいけない領域にアートは踏み込んでいたのだ。

それと同時に、バレーラの甥二人組が頭角を現す。この二人は全く正反対の性格で、互いに補い合い、バレーラより厄介であった。

あらすじ(ネタバレ) カラン編

ニューヨークの貧民街ヘルズキッチンには、多くのアイルランド系移民がいた。彼らは虐げられていた。カランは生まれつき、残忍ではないが冷酷だった。何度も命を落としかけたが、躊躇なく殺人を犯すことで生き延びてきた。

気付くと、トップとして町を牛耳るようになっていた。カランは空虚さと家族への愛から引退した。

しかし、一度殺し屋になったものは負の連鎖から抜け出すことができなかった。家族を失い、カランは麻薬戦争のキーパーソンとして巻き込まれていく。

 

この二人を軸として物語は進んでいくが、富裕層出身で美男子の快楽殺人者マルチネス(バレーラ兄弟の部下)など、濃いキャラや見どころが多い。

逆に絶世の美女の娼婦というお色気キャラが出てくるのは、大衆エンターテイメント作家のドン・ウィンズロウらしい。

復讐が連鎖し、次々に主要キャラがカルテルの幹部は殺され、世代交代していく。それでもカルテルの力は衰えないどころか、全てを飲み込んでいく。麻薬とはここまで恐ろしい力だったのか。麻薬の秘める無限の可能性は、個人を破滅させるどころか、世界を一変させていく。

【書評】芸術起業論(村上隆)【60冊目】

概要

芸術で金を稼ぐべきと主張する本。

凄いインパクトのある表紙。これだけで、開いてしまう。

中身はそれっぽいことを言っていて、Amazonでも星5のレビューばかり。

でも待ってほしい。あなたたちは本当に村上隆の作品を見たことがあるのか?

絵なら「And then,and then and then and then and then」などでGooogle画像検索を、映画なら以下を見てほしい。

まずこういうどうしようもない彼の駄作を見てから、冷静に本書を読み返すべきだ。彼の狡賢さは、「へへっ、俺は作家としては二流だもんねー」と開き直ってしまうことから始まる。

村上隆がお手本にしているのはウォーホルだ。本書から引用すると

  • 芸術には戦略が必要
  • 芸術の評価は金持ちの評価で決まる
  • 芸術の評価を上げるためには発言・ブランディングを行う
  • 芸術の評価を上げるために業界構造を分析する
  • 世界にプレゼンテーションをする方法

となっている。

見せ方が良くて金さえ稼げれば中身などどうでもよいという姿勢は、前述の作品にも表れている。だったら、別のことで稼げばいいじゃない。もっと世の中の役に立つことで。

総じて、ビジネスマンとして優れているとか、本として面白いってレビューが多いけど、それだったら、商材を「芸術」と主張してくれなくていいんだよなあ。

【書評】Quiet 内向型人間の時代(スーザン・ケイン)【59冊目】

概要

成功者とされてきたのは外交的人間である。内向的人間が成功する道を探る。

最高のリーダーは何もしないよりも、だいぶしっかりした感じの本。ロジックが通っていて主張が明確だし、科学的で、論文書籍の引用も明確。これを読めば前者を読む必要はない。

ロジックはこうである。外交的なリーダーシップの神話は幻想である。歴史を振り返ると、人類を発展させてきたのは内向的な人間だ。内向的な人間は外交的な人間になる訓練を強いられている。それは自己啓発セミナーだったり、ハーバード・ビジネス・スクールだったりする。身近な学校教育でさえそのように変化してきている。

しかし、それは全く間違っていて、内向的人間は内向的人間のまま成功することを目指すべきである。なぜなら、発達心理学者ジェローム・ケーガン教授の実験が証明したように、「外交性/内向性は生まれか育ちかでいえば生まれ(扁桃体の反応性)で決まる」からである。つまり先天的であり、後天的に変化させるのは難しいのだ。ケーガンの実験はナチズムの優生主義と非難されたが、結局は事実だった。ではどうすれば良いか?

外交的人間の弱み

  • 大きな影響力で、全員を間違った結論に導くことがある
  • 自信過剰
  • 考えが浅いまま行動に移してしまう(ペンギンのアリスのように)
  • 学習しない。部下の助言を却下しやすい
  • 部下のスピードを抑圧するので組織のスピードが遅くなる
  • ブレインストーミングなど、集団作業により質も量も落ちることが証明された手段を好む傾向

内向的人間の強み

  • 助言を受け入れやすい
  • 部下の外交的人間のスピードが最大限生かされる
  • 単独で独創的な考えができる
  • 用心深く、あらゆる可能性を考える
  • 当たるとデカい。世界を変えることがある(アインシュタインやビルゲイツのように)

【書評】痩せゆく男(スティーブン・キング)【58冊目】

概要

ジプシーを轢き殺し、仲間と事件を隠蔽した弁護士が呪いにより何を食べても痩せ続けていくホラー。

これは面白い。

「痩せる」は、幸福な感じのする言葉だ。多くの人がダイエットしようとしては挫折して、苦しんでいる。

この本では、痩せることは凄く恐ろしいことなのだ。

この本がすごいのは、時間軸がリアルに描き出されていること。時間が経つと、人の心は変わっていく。友人だと思っていた医者が、最初は親切に手を尽くしてくれるが、次第に何をしても痩せていくことから無能感に苛まれ、主人公の存在を疎ましく思うようになっていく。

肥っている時は仲の良かった妻は、実は交通事故の原因を作った人間なのに、痩せていかない。その罪悪感は妻の精神をゆがめ、「頑なに現代医療を拒む頑固者の夫」というイメージに固定化してゆき、夫婦の関係は徐々にこじれていく。

友人の医者と妻は周囲に自分たちの信念を広げ、主人公は知り合い全員から気違い扱いをされるようになっていき、最後には強制入院命令まで発行されてしまう。

この、人の心の弱さと醜さが時間軸に沿って作り出す、社会的なダイナミズムが、秀逸だ。

もちろん、肉体的にもダメージは加速していく。痩せるだけで風邪は致命的になり、カリウムを飲み続けなければ不整脈を止められない。

万事休した彼のもとに現れたマフィアのボスの友人であるジネリ。魅力あふれるキャラクターである彼は大活躍し、たった一人の戦いで遂に状況をひっくり返すのだが・・・?!

結末も、予想できない秀逸な終わり方。スティーブン・キングの「ミスト」と同じくらい完全な後味の悪い終わり方だ。

「ププファーガード・アンシクテット」