【書評】テロリストのパラソル(藤原伊織)【86冊目】

概要

乱歩賞&直木賞同時受賞の国産ハードボイルド小説。

ハードボイルド小説って何なんだろう。それは硬派でカッコいい主人公が愛のために孤軍奮闘する小説だろう。

この小説の魅力は主人公の魅力と、謎の敵の魅力だろう。

主人公は、全共闘に参加し、のちに爆弾事故を起こして公安に指名手配されている。元東大生。元ボクサー。48歳。いくつもの職を逃げるように転々とし、住み込みのバーテンダーをしている。月収5万円。アル中で、新宿中央公園でウイスキーを飲むのが日課。

主人公は一切の偏見が無い。金にも女にも学歴にも名誉にも興味はない。やくざにもホームレスにも付き合う。無口で強く優しい。

平穏に暮らす彼はいつも通り新宿中央公園でウイスキーを呷っていた。突然、彼の目の前で爆弾テロが起こる。何とか鉄片が突き刺さった程度で生き延びた主人公は、気づけば過去の経歴から、爆弾テロの実行犯として警察に追われる立場になっていた。

彼は、はめられたのだ。誰に、何のために?

という滑り出し。

この小説は、ハードボイルドの古典である「長いお別れ」のファンなら必ず気に入るだろうと思う。男の真の友情の本質を切なく描いている。

【書評】すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)【82冊目】

概要

「ユートピア」の不幸さを描くSF小説。

未来のある日。そこはユートピアと化していた。

人工授精により、優れた人間から劣った人間までが決まった割合で生産される。最も優れた階層はアルファ(α)、最も劣った階層はイプシロン(ε)である。α/β/γ/δ/εにはあらかじめつける職業が決まっている。世界の維持には様々な職業が必要である。だから、ユートピアでは、

「人為的に、『劣った』人間が、下働きとして生産されている」

のだ。

αたちは労働をせず、学校にも行かない。学習は、睡眠学習機により自動的に行われるからだ。彼らはフリーセックスと、ソーマと言われる麻薬(向精神薬)を楽しんでいる。

一見して理想的な退廃の世界。しかしこのユートピアは実は、壁に囲まれた区域で、外には「野蛮人」の世界が広がっていることを誰も知らない・・・。

主人公は、フリーセックスも麻薬も本能的に避けてしまう男性で、このユートピアに違和感を感じ、疎外されている。しかしある事件を起こし、それがきっかけで「野蛮人」の一人がこのユートピアに紛れ込んでしまうのだった。

彼、その野蛮人は欠乏から解き放たれて、幸福になるのか、それとも・・・?

ここまでが第一部。第二部で絶望的な結末が待っている。

現代はBRAVE NEW WORLD。「立派な」とか、「勇ましい」とかいう意味がある。

【書評】料理人(ハリー・クレッシング)【80冊目】

概要

料理人が貴族の家を乗っ取る話。

作者のハリー・クレッシングは誰かの変名らしく、この本の作者がだれなのかはわかっていないという。

奇跡的な料理の能力、頭脳と腕力、美、魅力、人脈全てを備えた出自不明の主人公コンラッドがコックとして雇われてから、ヒル家の様子は次第に変わっていく。最初は朝食のパンがマフィンに変わった程度だった。しかし、次第に・・・。

この小説の主人公は飢えた黒鷲のようだと形容されるが、最後の最後の1ページでその正体を現す。これを読んだ人は、コンラッドは悪魔だと思わざるを得ないだろう。

【書評】砂の本(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)【79冊目】

概要

幻想短編小説集。

29の短編が収録されている。この本は全ての短編が傑作なのだが、特に気に入ったものについて書き記しておきたい。

  • 「会議」
    秘密結社「会議」はメンバーで無いものが地球上に一人もいない、史上最大の会議である。その首謀者の最後の生き残りによる回顧録が始まる・・・。
  • 「三十派」
    キリスト教系の邪教「三十派」。彼らは蓄財を禁じ、廃墟に住み、裸体で暮らすという。ある修道士が彼らの真の目的を知り、最期に書き残そうとする・・・。この話は設定も優れているが、5ページで完結するところも天晴!
  • 「鏡と仮面」
    王が詩人に詩を依頼する。詩人は1年に1度詩を献上し、大成功をおさめた。しかし3年目の年、何かが起きてしまう。
    「頌歌は出来上がらなかったのか」「いいえ、確かにできました」詩人は悲しげに答えた。「願わくば、主キリストがそれを禁じたまえばよかったものの・・・」
  • 「円盤」
    “オーディンの円盤”とは何なのか?
    「これがオーディンの円盤じゃ。片側しかない。この世に、片側だけしか持たぬ者は、他にひとつもない。これがわしの手にある限り、わしは王なのじゃ」
  • 「砂の本」
    「彼が言うには、この本は『砂の本』と言うのです。はじめのページもなければ終わりのページもない。ページの数は無限だ・・・」
  • 「仮面の染物師メルヴのハキム」
    常に仮面で顔を隠している男が、預言者となり絶大な権力を手にし・・・

 

【書評】戦闘妖精雪風/グッドラック/アンブロークンアロー(神林長平)【78冊目】

概要

人間の主観と異なる形式の認識主観を持つ存在との闘いを描くSF。3部作未完

30年にわたり戦闘機を送り込んでくる異星体「ジャム」。実はその正体は、人間とは全く異なる認識方法を持つ存在であった。

人間はジャムと必死に戦っていたつもりだった。しかし、実はジャムが敵として認識し、コミュニケートしていたのは、軍の人工知能のほうで、人間は正体不明の付属物と認識されていたに過ぎなかったのではないだろうか・・・。

さらに、人類がジャムの本拠地だと思って戦っていたフェアリィ星が実は・・・。

こんなストーリーは常人には絶対考え付かない!

1・2巻はほぼ伏線に過ぎず、3巻が本領発揮である。ジャムと同じ認識形態に引きずり込まれ、主観が崩壊した世界を実に見事に描き出している。並行宇宙を「リアルに」「言語として」「機械による認識と並行に」認識する世界でもがきながらジャムと闘わなければならないのだが、その圧倒的な恐怖感が伝わってくる。

【書評】稼がない男(西園寺マキエ)【77冊目】

概要

幸せはお金じゃない。結婚でもない。48歳フリーターカップルの歩んだ歴史。

久々に感動してしまった。

  • ヨシオ
    「稼がない男」。早稲田を出て留学、大手広告代理店に勤め、稼ぐことは誰かからお金を奪うことと悟り、稼がない人生を選択した。芯が通った人物。
    人のつながりを大切にすることができる。
    幼く自己中心的ではあるが、マリエに対する行動が純粋な愛であふれている。
  • マリエ
    主人公。恋愛も仕事もうまくいかない。
    ヨシオが好きだが、結婚や子供を諦めきれない。

二人の人生が、バブル崩壊・リーマンショック・東日本大震災という節目で語られ、どうやって低所得(月収10~15万円)のまま必死に切り抜けてきたかが語られる。

この二人が絶対的にいい人だというわけじゃない。でもこんな生き方は全然アリだし、何より芯が通っている生き方に思える。

マリエがヨシオに惚れるのはわかる。ヨシオの生きざまはカッコいいのだ。実際、MBAエリートの竜太郎をはじめいろんな人に一目置かれているようだ。

最後にヨシオがフレデリックを引用するので、「確信犯のヒモかよ!」と突っ込みたくなるが、冷静に考えれば、ヨシオがマリエに金品を要求した描写は一回もない。矜持を持って生きているのだ。フレデリックとして生きるには、人並みではない覚悟が必要なのだ。

この人しか出来ない生き方に、感動させられた。

【書評】舟を編む(三浦しをん)【73冊目】

概要

変人たちが膨大な時間と情熱をかけて辞書を作る

犬。そこにいるのに、いぬ。ぷぷぷ。

という一般人に理解しがたいジョークを思いついて笑い転げてしまう変人たちが、「玄武書房」で、辞書を作る話である。辞書を作るのは天賦の才能が必要であるが、具体的な原稿は各分野の専門家たちに依頼せざるを得ず、会社から見れば金食い虫と疎まれている。だが、彼らはそんな冷遇など気にも留めない。

辞書を作るための膨大な労力が、非常に詳細に、リアルに描かれているので引き込まれる。この部分を読むだけで感心する。

特に好きなのは、辞書を印刷する紙についての問答の部分である。

「ぬめり感が無い!!!!」

4代にわたる壮大な戦いがたった250ページに収められているのもまたすごくて、ほとんど余分な部分がない。(このへん、SOYとは雲泥の差だ)

とはいえ、語源や細かいこだわりをめぐる戦いは細かすぎて爆笑モノであり、凄いだけではなく、高いエンターテイメント性を持っている。

 

【書評】ミサキラヂオ(瀬川深)【67冊目】

概要

田舎の港町「ミサキ」で、水産加工会社の社長はラジオ局開設を決意する。「ミサキラヂオ」は、何故か時々音が遅れて届くのだった・・・。

あまりに表紙の絵が素晴らしくて買ってしまった。

いったいこの不思議な小説は何なのだろう?

他の瀬川作品と同様、農業、分子生物学、音楽、パラグアイ、モテない青年といったモチーフがちりばめられているが、この作品はカオスを極めている。

20人ほどの主人公の織りなす群像劇なのだが、ストーリーが在るようで無く、テーマが在るようで無く、主人公が在るようで無く、でもやはり無いようで在る。

社長や天満翔平や録音技師、小説家、農業青年、音楽教師、ドクトルといった陰のあるキャラクターは凄いリアルで、まるで本人がそこにいるかのようだ。

地の文章は面白いとしても、テーマは何なんだろう?群像の織りなす共時性と、あり得ない時間の逆転、不合理による救い?どうしてこの舞台はいつの時代かわからない、「田舎」なのだろう?

この小説は何なんだろう?正直、一回読んだだけではまだわかっていない気がする。

舞台は全然違うのに、この不思議な世界はまるで現実感がなくて、「どこにもない国」に通じるものがあるような気がする。

【書評】痩せゆく男(スティーブン・キング)【58冊目】

概要

ジプシーを轢き殺し、仲間と事件を隠蔽した弁護士が呪いにより何を食べても痩せ続けていくホラー。

これは面白い。

「痩せる」は、幸福な感じのする言葉だ。多くの人がダイエットしようとしては挫折して、苦しんでいる。

この本では、痩せることは凄く恐ろしいことなのだ。

この本がすごいのは、時間軸がリアルに描き出されていること。時間が経つと、人の心は変わっていく。友人だと思っていた医者が、最初は親切に手を尽くしてくれるが、次第に何をしても痩せていくことから無能感に苛まれ、主人公の存在を疎ましく思うようになっていく。

肥っている時は仲の良かった妻は、実は交通事故の原因を作った人間なのに、痩せていかない。その罪悪感は妻の精神をゆがめ、「頑なに現代医療を拒む頑固者の夫」というイメージに固定化してゆき、夫婦の関係は徐々にこじれていく。

友人の医者と妻は周囲に自分たちの信念を広げ、主人公は知り合い全員から気違い扱いをされるようになっていき、最後には強制入院命令まで発行されてしまう。

この、人の心の弱さと醜さが時間軸に沿って作り出す、社会的なダイナミズムが、秀逸だ。

もちろん、肉体的にもダメージは加速していく。痩せるだけで風邪は致命的になり、カリウムを飲み続けなければ不整脈を止められない。

万事休した彼のもとに現れたマフィアのボスの友人であるジネリ。魅力あふれるキャラクターである彼は大活躍し、たった一人の戦いで遂に状況をひっくり返すのだが・・・?!

結末も、予想できない秀逸な終わり方。スティーブン・キングの「ミスト」と同じくらい完全な後味の悪い終わり方だ。

「ププファーガード・アンシクテット」

【書評】SOY!大いなる豆の物語(瀬川 深)【53冊目】

概要

大豆をめぐる冒険小説。

筑波大学を出たが鬱病でわずか1年半でSE会社を辞めてしまった原陽一郎。仲間とともに同人ゲーム作りに精を出すさえない彼に、パラグアイの日系大富豪の遺産管財人の立場が舞い込む。彼はグローバル穀物メジャーSoyysoyaの長。しかしそのプレッシャーに陽一郎は耐え切れず、大富豪のルーツを追って果てしない探求の旅に出てしまい・・・

そして世界は大豆により終焉を迎える。

大豆は時空を超えて、岩手、満州、パラグアイを駆け巡る。

著者の凄まじい博識に感心するとともに、とても勉強になってしまう謎の小説だ。