【書評】もしドラ(岩崎夏海)【27冊目】

概要

青春小説の体裁をとった、ドラッカーの解説書という建前の、萌え絵が表紙の本。

もしドラは意外に面白いのだ。

しかし、それは意外性が面白いのだ。

「フォ、フォアボールをわざと出すようなピッチャーは、う、う、うちのチームには一人もいないんだ!」

加地監督は、しどろもどろになりながら、教室の外にまで聞こえるような大声で、そう叫んだ。(P117)

みんなが青臭い本音をぶつけ合って、お互いを傷つけるように、でもそれだからこそ心の壁を突破し、本物のチームが生まれていく。もしかしたら、ドラッカーの理想論が実現する世界なんて、理想論の青春小説の中にしか無いのかもしれない。

もしこれを現実にやったら、ハブリ、いじめ、モンペ、馘首になるのが今の世の中だ。リアリストは韓非子を読んだ方がいい。

だから、ドラッカーの話は理想論であるという前置きをおかないと、よく意味が分からないのだ。青春小説の中の登場人物の方が、我々より深くドラッカーを深く理解していることに気づいたこの作者はそれだけですごい。

【書評】野村再生工場(野村克也)【26冊目】

概要

野球監督が選手の育て方について書いた本。

書いてある内容がいい。

  • チームワークの重要性
    • 特にエースを育てることの重要性
  • 押し付けではなく自ら気づくことの重要性

チームワーク理論がいい。とにかく「エース」を如何に育てるかに注力するという哲学である。チームワークが大切だから突出した個人を排除するというのがありがちだが、野村監督の理論では、チームワークとは、大多数の凡人が、規範となる突出した個人の真似をしていくことであるという逆の発想だ。

描かれ方もいい。

この手の本は、作者の自伝から始まるものが多いが、そうすると退屈で眠くなってしまいがち、この本では作者の自伝は最終章である。この人は、徹底して他人の目線に立てる人で、だからこそ育てるのが上手いのに違いない。

【書評】本の顔(坂川栄治)【25冊目】

概要

本の装丁という仕事について語られた本。

世にも珍しい、装丁家が書いた本。

装丁の実例がたくさん載っていて、楽しい。その中には知っている本が何冊もあり、さらに楽しくなる。

例えば、次の本はまだ世間でジョブズの顔が知られていなかった時に作られた装丁であるという。

ジョブズが驚異のプレゼン能力を持つことが伝わって来る。

だがそのイメージは、実はこの本の装丁により作られたものなのかもしれない。

装丁は写真だけではなく、活字、そのフォント、色、絵、手書き、切り文字など多数の要素が合わさって創発するひとつの作品である。実際、本書の各章の題材は以下のようになっている。

  1. 依頼から納品までの業務フロー
  2. 文字
  3. イラスト
  4. 写真
  5. 絵本
  6. 紙素材/印刷

装丁家で無くては書けない貴重な本。

【書評】方舟(しりあがり寿)【24冊目】

概要

美しい滅び。

ある日大洪水がやってきて、世界の全てが水没し、人間が全員死ぬ。

しりあがり寿はてっきりギャグ漫画家だと思っていた。この漫画には、確かにこの飢えなく美しい滅びが描かれている。衝撃の一冊。

【書評】グローバル資本主義を卒業した僕の選択と結論(石井至)【23冊目】

概要

東大理Ⅲ出身の著者が投資銀行に入り、2年目で年収5000万を叩き出し、32歳でアーリーリタイアした。いったい彼は何を考えて働き始めどういう結論に至り仕事を辞めたのか。

もう概要だけでほぼほぼ紹介を終えてしまったのだが、読んでいてこの人は本当に頭がいいなあと感心する。こういう人の思考回路を垣間見て見るのも、面白いのでは。

ところで、なぜ2年目で5000万円もらえる人がいるのだろうか。それは、業種間格差があるからであると思われる。マネージャーは数億貰っていたと書いてあるから、当時この業種では5000万円は平均以下だったのではないか。

もう長い歴史で証明されているように、資本主義と金融経済は富を偏らせるシステムである。そのことを20歳くらいまで認識していたかどうかで、人生は大きく変わってしまう。

資本主義は残酷と言えば残酷だ。

【書評】世界の半分が飢えるのはなぜ?(ジャン・ジグレール)【22冊目】

概要

発展途上国の飢えが人災、具体的には軍政の腐敗と投機市場の暴力によるものであることを喝破する。

「好き嫌いをいうなら、アフリカの飢えている子供達にあやまりなさい」

そう言って子供を叱る親は罪深い。飢えという問題の本質を理解せず、間違った情報を利用して、未来を担うべき子供に教育しているのだから。そして、自分の間違いに薄々気付きつつ、躾がしやすいからという身勝手な理由で、それを悪用しているのだから。

子供に飢えの本当の理由を理解させようというジグレール教授の試みは、画期的である。

飢えの原因が、軍政と先進国である資本主義諸国の市場操作であることを認識していれば、アフリカに物資を補給しても、殆どは軍に略奪され、大衆に行き渡らないのがわかる。また、食料を輸入する際に、市場が変動すれば、小麦の量がレートに反比例することがわかる。誰かが儲けるために誰かが餓死するという、死のトレードが毎日公然と行われているのが資本主義社会だとジグレール教授は言う。

無責任な大人にならないために、この本を読んでおきたい。

【書評】君たちはどう生きるか(吉野源三郎)【21冊目】

概要

舞台は1930年代。コペル君という少年に、友達が増え、友達を裏切り、友達と和解し、精神的成長を遂げる物語。

もともと小学生向けに書かれたのだが、大人になってこれを読んで、身につまされた人は多いらしい。ただ歳をとるだけでは、人は勇気も偉大さも得られないからだ。

物語の冒頭は、コペル君が突然、自分が社会の中の一員でしかないことを自覚することから始まる。ビルの屋上から雑踏を見下ろしていた時に、コペル君は突然そのことに気がつく。

それは、幼年期の自分中心の考えからの脱皮であり、突然社会の存在を意識するようになることだ。これが天動説から地動説への転換のように、その人に見える風景を丸っきり変えてしまうということで、本田潤一はコペル君と呼ばれることになるのである。

頭の回転の早いコペル君は人気者となり、

  • 金持ちの友達
  • 勇気のある友達
  • 貧乏人で、いじめられている友達

の3人の友達ができる。

しかし、頭でっかちのコペル君はこの3人を手酷く裏切ってしまうのである。

人間が立派になろうとするためには直視しなければいけない、卑劣さという心の弱さを描き出した名作だと思う。

【書評】人はなんで生きるか(トルストイ)【20冊目】

概要

トルストイの宗教的な短編小説集。5話からなる。1話は30ページ程度。

私はキリスト教徒ではないのだが、こんなに感動するとは思わなかった。

自らの宗教観を押し付けることはせず、人生の様々な分岐点が絵画的に描かれていて、自ずと考えさせる作りになっている。しかもどの話も丁度いい長さだ。

まさかトルストイがこんなに面白いとは思わなかった。

【書評】アメリカの鱒釣り(ブローティガン)【19冊目】

概要

天才が書いた短編小説。

どの話も2ページほどで、最長でも10ページほどである。

アメリカの鱒釣りの詩的世界は、言語の中にしか存在しない世界だ。どうしてもこの小説を現実の世界でやると、どういう光景になるのか想像がつかない。

こんな小説が書ける人間が他にいるのだろうか。

困ったことに、単にユーモアと見ても抜群に面白いのだ。しかも全体を貫く通奏低音のようなテーマもある。鱒なのだが。

世界で最も面白い短編小説の一つであるに違いない。

【書評】どこにもない国(アメリカ作家)【18冊目】

概要

幻想小説のアンソロジーなのだが・・・

この本に収められている作品は本当に奇怪である。どこで起きたのか?いつ起きたのか?なぜ起きたのか?なぜそんなことを思いついたのか?全くわからない話ばかりだ。しかも単純に面白い。

個人的に、小説や映画といったものは、そのストーリーが全く聞いたことがないものであるという評判がなければ観ないようにしている。

またこのパターンか、と思って失望するから。

同じような価値観の人には、これは鉄板だと是非推薦したい。