【書評】稼がない男(西園寺マキエ)【77冊目】

概要

幸せはお金じゃない。結婚でもない。48歳フリーターカップルの歩んだ歴史。

久々に感動してしまった。

  • ヨシオ
    「稼がない男」。早稲田を出て留学、大手広告代理店に勤め、稼ぐことは誰かからお金を奪うことと悟り、稼がない人生を選択した。芯が通った人物。
    人のつながりを大切にすることができる。
    幼く自己中心的ではあるが、マリエに対する行動が純粋な愛であふれている。
  • マリエ
    主人公。恋愛も仕事もうまくいかない。
    ヨシオが好きだが、結婚や子供を諦めきれない。

二人の人生が、バブル崩壊・リーマンショック・東日本大震災という節目で語られ、どうやって低所得(月収10~15万円)のまま必死に切り抜けてきたかが語られる。

この二人が絶対的にいい人だというわけじゃない。でもこんな生き方は全然アリだし、何より芯が通っている生き方に思える。

マリエがヨシオに惚れるのはわかる。ヨシオの生きざまはカッコいいのだ。実際、MBAエリートの竜太郎をはじめいろんな人に一目置かれているようだ。

最後にヨシオがフレデリックを引用するので、「確信犯のヒモかよ!」と突っ込みたくなるが、冷静に考えれば、ヨシオがマリエに金品を要求した描写は一回もない。矜持を持って生きているのだ。フレデリックとして生きるには、人並みではない覚悟が必要なのだ。

この人しか出来ない生き方に、感動させられた。

【書評】自分を見つめる心理学(加藤諦三)【76冊目】

概要

自己中心的なナルシシズムと劣等感により、「間違った生き方」をしていることに気づこう。

なんでこんなに自分のことが知られているんだ・・・と思わされる本。

「自分は何者なんだ?」をテーマにした本は多い。でも、こんなに耳に痛いことをズバズバ言ってくれる本があっただろうか。

あなたが悩むことが多いのは「愛されなかったからだ」と言う。

愛されなかったからこそ自信が持てず、周りが皆敵の中で生き残るために、能力と言う武器を磨いてきた。社会に認められ、尊重されるために。

でも、それは実は間違った生き方で、そんな生き方をしても幸せになれないということに、早く気付くんだ。

  • 自己中心性
    「こんなに頑張った自分は偉い」そんな考えには、自分しか出てこない。
    「頑張った自分がなぜ愛されないのか」これを、ナルシシズムという。
    これは本質的には自分だけおいしいところを食べよう、という考えに過ぎない。
    「頑張って支えてくれているみんな」が視界に入っていないのだ。
  • 劣等感
    「力が欲しい。力があれば、みんなが認めてくれる」力を得ても、もっと欲しくなるだけだ。
    成功者が自分を成功したと思えない現象を、偽名現象という。まさにその状態だ。
    「なぜあいつは努力しないんだ」力を求める人間は、弱者に厳しい。
    だから、みんなに認められないのだ。
    「力以外の、多様な価値観」を認められないのだ。
    結局はあなたと同類の「力の信奉者」が、あなたを利用しようとして集まってくるだけ。

グサグサ来る。心がズタズタにされる。

この著者の文体は簡潔で、過激で、根拠が明快で、正論で、ズバズバ切り込んでくる。

【書評】ウンコな議論(ハリー・G・フランクファート/山形浩生訳)【75冊目】

概要

ウンコな議論の正体を明らかにする。

現代社会は「ウンコな議論(bullshit)」にまみれているし、みんながそれらに騙されている。政治で、メディアで、社内会議で、ウンコな議論は繰り返されている。ウンコな議論を見破るにはどうしたらいいのだろうか?

いやそれ以前に、ウンコな議論とは何なのだろうか?

「年金未払いを謝罪しないのか?」

「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろで・・・」(小泉純一郎)

元総理大臣の有名な答弁だが、何を言っているかは意味不明なのに、論点をすり替えることに見事に成功している。ウンコな議論が何かは明確ではないが、こうして確かに、いたるところに存在することがわかる。

ウンコな議論とは、著者によれば以下のものである。

  • ウンコな議論は嘘とは違い、偽の情報を含まない
  • むしろ、発話者はその真偽に全く関心はない
  • 発話者の意図は、それを聞く人の印象をコントロールし、その場をしのぐこと
  • その目的のため、思わせぶりで、誤解を招く
  • しばしば出来が悪く、ウンコのように口から排出されただけのものである
  • 何でもその場ででっちあげるが、まるっきり嘘でないこともある

ヴィトゲンシュタイン

この本で面白いのは、各種の例示である。なかでも、ヴィトゲンシュタインのエピソードが秀逸である。

 

【書評】持たない幸福論(pha)【74冊目】

概要

働きたくない。家族も欲しくない。を実践した人の人生哲学。

お金を使う機会や趣味が無い。とても辛い労働や人間関係を耐えて、お金を稼ぐ価値があるとは思えない。そんな時でも、最低限のお金は必要になってしまうから、やっぱり働かざるを得ない。

でももし、人が本当にニートになって、山奥の古民家に引き籠ってしまったらどうなるんだろうか?

これはそれを実践した「pha」さんの人生哲学の本だ。

解決されていない問題

価値観は思いのほかシンプルで、上記以外何もない。以下の問題は解決しないままだが、それでいいと割り切ってるみたいだ。

  • もし、今後価値観が変わって、家族が欲しくなったら?
  • もし、大病にかかったら?
  • 老後はどうするのか?

居場所を作る能力

嫌いな人とは距離を置いたり、自分で主催することに気を付ければ、居場所は作れるという。会社も家族も人間にとっては「居場所」の一つだったりする。

この人は、そうした居場所から、いろんなものをもらったり、楽しみを享受したりしている。とても楽しそうだ。

他者への関与

この本に書かれているのは自己満足的な考えで、自分の楽しみを追った一つの最終形態かもしれない。人によってはこれでいいし、上記のようなリスクも減らす努力の余地がありそうだ。

でも、これを読むと、レヴィナスを思い出してしまう。

レヴィナスは人間は世界から享受するエゴイズムを脱して、子供を作るか、社会貢献しなければ人生には意味がないと考えた人だ。

著者は家族は欲しくないと言っている。では、この本を出したり、共同生活をすることが、社会貢献なのだろうか?

この本は言葉を悪く言えば、究極のエゴイズムだ。かといって私にはレヴィナスの哲学は完全には理解できない。今夜もまた、結論が出ずに繰り返し考えることになりそうだ。

 

【書評】舟を編む(三浦しをん)【73冊目】

概要

変人たちが膨大な時間と情熱をかけて辞書を作る

犬。そこにいるのに、いぬ。ぷぷぷ。

という一般人に理解しがたいジョークを思いついて笑い転げてしまう変人たちが、「玄武書房」で、辞書を作る話である。辞書を作るのは天賦の才能が必要であるが、具体的な原稿は各分野の専門家たちに依頼せざるを得ず、会社から見れば金食い虫と疎まれている。だが、彼らはそんな冷遇など気にも留めない。

辞書を作るための膨大な労力が、非常に詳細に、リアルに描かれているので引き込まれる。この部分を読むだけで感心する。

特に好きなのは、辞書を印刷する紙についての問答の部分である。

「ぬめり感が無い!!!!」

4代にわたる壮大な戦いがたった250ページに収められているのもまたすごくて、ほとんど余分な部分がない。(このへん、SOYとは雲泥の差だ)

とはいえ、語源や細かいこだわりをめぐる戦いは細かすぎて爆笑モノであり、凄いだけではなく、高いエンターテイメント性を持っている。

 

【書評】伊勢神宮の智慧(河合 真如・宮澤 正明)【72冊目】

概要

伊勢神宮まわりの写真集。

宮澤正明氏は、伊勢神宮の奉納写真家である。

主にグラビアアイドルの撮影で活躍されているほか、「レッドドラゴン」という写真集がある。

氏の公式サイト(上記リンク)では、さらなる伊勢神宮の写真が楽しめる。

本文は、伊勢神宮神職の河合真如氏。

【書評】The DevOps 逆転だ!究極の継続的デリバリー Phoenix Project(キム・ジーン)【71冊目】

概要

企業でのIT活用がうまくいかない理由は、制約条件の理論で説明できる。

めちゃくちゃ面白い。

まさか、DevOpsというコテコテのIT運用語と、エリヤフ・ゴールドラットの制約条件理論(ボトルネック理論)が全く同じものだったとは思わなかった。知的興奮が頭を駆け巡る。

舞台はまたもや自動車工場である。主人公はIT運用VPに抜擢される。

IT現場の属人化の問題は、実は人がボトルネックであるということだ。リードエンジニアはいろんな重役に利用されていて、ビジー状態のボトルネックになっている。それによって、一人のリードエンジニアが複数のワークセンターをボトルネック化し、IT現場は止まる。

その一人がバスに牽かれると、部門全体が止まる。この現象を、「bus factor」と言われている。

この問題はITに特有である。

手戻り

ITでは「手戻り」が発生することが問題だと言われる。上流工程、下流工程と呼びながら、もはや手戻りはあって当たり前のことになっている。これは、工場だったら許されないことだ。手戻りがないワークフローをシングルピースフローと言い、この本が目指す形態である。

バッチサイズ

ボトルネック理論では、バッチサイズを小さくすることで、ボトルネックの活用度を高める。

IT現場でそれを実現するためには、「1日10デプロイ」を自動化で実現することだ。

【書評】ストーカー加害者:私から、逃げてください(田淵 俊彦)【70冊目】

概要

ストーカー加害者の心の中を、本人の口から語らせる。

「私から、逃げてください・・・」

タイトルからしてやばい。

本書は、テレビ番組の製作者(ディレクター)が、ストーカーのカウンセラーに本物のストーカーを紹介してもらい、インタビューした本だ。

物凄く恐ろしい内容で、30ページに一回は本を閉じてしまっていた。通読するのにかなり時間がかかった。

「本当に、ストーカーは頭が狂っていたのか。」

これが、この本を読んで感じた正直な感想だ。

この本のいいところは、取材者が、本当にしつこく、加害者たちの論理の飛躍を問い詰めるところだ。加害者たちはしつこく追及されることを苦にせず、実に論理立てて、どういうロジックでその考えに至ったのかを詳細に説明してくれる。だから、我々も、その考えに至る「必然性」がなんとなくわかってしまう。この体験は、ある意味狂気の世界に我々の側から一歩近づいてしまうことを意味する。

だから読んでいて、自分の頭までおかしくなってしまうような気持に駆られる。焦燥する。だからショックを受けて、本を閉じてしまう。

この本、あまり売れてないようだが、類書は無く、マストリードであることは間違いない。

なぜなら、経済の悪化と、都会人の孤立化によって、ストーカー加害者は今後数十年増え続けるのだから。

【書評】耳そぎ饅頭(町田康)【69冊目】

概要

パンクロックバンドの人が書いたエッセイ。

タイトルの謎の物体「耳そぎ饅頭」が出てこない。これに尽きる。まさかの日常系エッセイである。文末が必ず「うくく。」で終わる。どういう意味なのだろう。おいて行かれる。

この人の書いた「くっすん大黒」のころはマジで面白かった。

このエッセイのころになると、文体があまりにぶっ飛びすぎていて、何が書かれているのかわからないこともある。

「耳そぎ饅頭」が出てこない。何なんだ。ずっとそればかりを楽しみにしていたのに・・・。

【書評】へんないきもの(早川いくを)【68冊目】

概要

へんないきもの

2004年の出版から12年をへて読んでみた。

本を開くと2ページで1つのいきものの紹介。右が絵で、左が文章だ。

1体目はショーペンハウアーにも愛された、「タコブネ」である。

全体的にはほとんどがウミウシ・ヒル・ヒトデなどの軟体動物だし、いまやメジャーになってしまった生き物もちらほら。

  • オオグチボヤ
  • ハリガネムシ
  • プラナリア
  • クマムシ

などなど、もうすでにみんな知っている生き物になってしまったのではないか?

あとこの時代なので、今やすっかり人気者になったチンアナゴも出てこない。

そして困るのは、タマちゃんとツチノコに18ページもの紙面が割かれていること。本書は157ページなので11パーセントに相当する。いまさらタマちゃんとツチノコに興味のある人はいないだろう・・・。

でも、まだまだ知らない生き物もたくさんいて楽しめる。オオグチボヤなんて、最初に見たときは衝撃だった。