【書評】なぜ人類のIQは上がり続けているのか(ジェームズ・R・フリン)【57冊目】

概要

人類のIQの平均値は64年で20も上昇している。

統計学者スピアマンはIQの主要因子「g」と「s」を提唱した。gはgeneralの略で、自頭の良さを指す。あの人は何でもできる、というあれである。sはspecialの略で、特定の分野の才能を指す。

IQは世界中で上昇しているが、gは上昇していない。つまり、IQはsに属する特殊能力である。特に、IQは「抽象的概念」を操る能力である。

さらに、IQは後天的に上昇させることができる。世界はどんどん専門分化して、仕事の内容も抽象化が進んでいるし、スマホなど、抽象的概念を扱うデバイスが年々増え、日常的に要求される抽象能力も上昇傾向だから、IQが世界で平均的に上昇することは、仕事と日常生活によって鍛えられているためであろうと納得できる。

発展途上国のIQが低いのはその結果だと考えられる。つまり、発展に必要なIQが無いのではなく、発展がIQをもたらすのだ。

ただし、アメリカなどの先進国では、IQが低くても、アジア人であるだけで欧米人より知識詰め込み型のテストの成績は良くなることが分かっている。知識は、学習習慣によりIQとは別に鍛えられるのだ。つまり、

  • g
  • s
  • 知識

は異なる能力であることが分かった。

【書評】「こころ」に書き写す言葉 『天籟の妙音』から(安岡正篤)【55冊目】

概要

儒学者による名言集。

新氏の本で紹介されていた安岡正篤。

「多長根」もこの本の21ページ目に載っている。

断片的な名言集なので本来の意図を読み取れないところは多いが、たまにすごいことが書いてある。例えば以下。

太い筆で細かい字を書くのが人生を渉る秘訣だ。

など。

【書評】会社が嫌いになったら読む本(楠木新)【50冊目】

概要

こころの定年が来てしまったら、どう生きていけばよいのだろう。

著者は大企業にいたが、47歳でうつ病を発症。本来の定年年齢よりさきに、「こころの定年」が来てしまったことに気付く。気付けば周りもみな、こころの定年という問題に直面していた。大学に入り、彼はこころの定年についての研究をまとめることを決意、200人の転身成功者にインタビューを行い、卒論をまとめた。

必ず聞かれるのが、次の質問だそうだ。

転身に成功すると、年収は上がるのですか?

転身によって「必ず年収は下がる」というのが著者の調査結果。しかし、会社にいることで、人間はお金や数字でしか人生を測れなくなってしまう。だから、会社員は必ず上の疑問を口にするのだという。

著者は人生は「いい顔」をして生きられるかどうかであり、いい顔かどうかで成功者かどうかを直感的に判断してインタビューしてきたという。

実例については、この本はいたずらにケーススタディにはならず、クラスタ代表元の7例だけが紹介されている。

【書評】清貧の思想(中野孝次)【48冊目】

概要

清貧=所有を否定する思想の必然性を解説した本。

今も昔も、富を得るためには人から奪うしかない。ブラック企業の社長は社員を死ぬまで働かせる。大企業は下請け企業から搾れるだけ搾り取る。政治家だって不正献金や不正会計まみれである。だから、富める者は誰よりも奪った者で、最も醜い人間と言えるだろう。

しかし人の心は弱い。その事実を見て見ぬふりして、誰もが金持ちになりたいと思うものである。みんな搾取されながら、搾取する側になることに憧れている。それは情けないあり方ではないだろうか。

そうではない人々がいた。彼らは非所有を貫き、むしろ私財を売り払って貧しい人々に分け与えさえした。そうした人々の心の中では、どのように、精神が肉体の欲望に打ち勝ったのだろうか?著者は彼らは無理をしていたのではないと言う。そうした人々の頭の中で進行していたであろうロジックを解説し、清貧が一種の必然性を持つ思想であることを明らかにしようと試みている。

清貧自体は、アッシジのフランチェスコや、釈迦、老子など、外国にもそれを貫いた有名な人がいるある程度普遍的な思想である。

【書評】最貧困女子(鈴木大介)【36冊目】

概要

日本最貧困のセックスワーカーたちにインタビューした本。

作者の問題意識は、最貧困女子がいわれのない誤解と迫害を受けていることである。世論からも、福祉からも、警察からも、買春男からも、同業者からも、彼女たちは迫害されている。

彼女たちは、親に捨てられ、性的暴力を加えられ、知的障害を抱えている。子供を抱えていて身動きもとれないが、誰も助けてくれない絶対的な孤独の中にいる。

著者は闇金融の社員などから彼女たちにアプローチしていき、「可視化」をすることに成功した。

著者は「どうしていいのかわからない」ということを認めているが、確かにどうすることもできない。このまま、何十年という時間が経っていくのか。いや、この本が注目されることに成功したからには、何かが変わる一歩が踏み出されたはずだと思う。

【書評】トニオ・クレーゲル/ヴェニスに死す(トーマス・マン)【31冊目】

概要

真に孤独な人間、決して明るくは生きられないが、才能によって救われているような人間の内面をこれでもかというほど緻密に描いた短編。ノーベル文学賞。

この本の美しさ。文章の美しさ。孤独な人間の悲しさ、美しさ。単に面白いだけではなく、本当に感動できるのがこの小説である。

「トニオ・クレーゲル」は120ページしか無いし、それで何度も読み返すほど感動できるのだから、読むべき。

【書評】もしドラ(岩崎夏海)【27冊目】

概要

青春小説の体裁をとった、ドラッカーの解説書という建前の、萌え絵が表紙の本。

もしドラは意外に面白いのだ。

しかし、それは意外性が面白いのだ。

「フォ、フォアボールをわざと出すようなピッチャーは、う、う、うちのチームには一人もいないんだ!」

加地監督は、しどろもどろになりながら、教室の外にまで聞こえるような大声で、そう叫んだ。(P117)

みんなが青臭い本音をぶつけ合って、お互いを傷つけるように、でもそれだからこそ心の壁を突破し、本物のチームが生まれていく。もしかしたら、ドラッカーの理想論が実現する世界なんて、理想論の青春小説の中にしか無いのかもしれない。

もしこれを現実にやったら、ハブリ、いじめ、モンペ、馘首になるのが今の世の中だ。リアリストは韓非子を読んだ方がいい。

だから、ドラッカーの話は理想論であるという前置きをおかないと、よく意味が分からないのだ。青春小説の中の登場人物の方が、我々より深くドラッカーを深く理解していることに気づいたこの作者はそれだけですごい。

【書評】野村再生工場(野村克也)【26冊目】

概要

野球監督が選手の育て方について書いた本。

書いてある内容がいい。

  • チームワークの重要性
    • 特にエースを育てることの重要性
  • 押し付けではなく自ら気づくことの重要性

チームワーク理論がいい。とにかく「エース」を如何に育てるかに注力するという哲学である。チームワークが大切だから突出した個人を排除するというのがありがちだが、野村監督の理論では、チームワークとは、大多数の凡人が、規範となる突出した個人の真似をしていくことであるという逆の発想だ。

描かれ方もいい。

この手の本は、作者の自伝から始まるものが多いが、そうすると退屈で眠くなってしまいがち、この本では作者の自伝は最終章である。この人は、徹底して他人の目線に立てる人で、だからこそ育てるのが上手いのに違いない。

【書評】グローバル資本主義を卒業した僕の選択と結論(石井至)【23冊目】

概要

東大理Ⅲ出身の著者が投資銀行に入り、2年目で年収5000万を叩き出し、32歳でアーリーリタイアした。いったい彼は何を考えて働き始めどういう結論に至り仕事を辞めたのか。

もう概要だけでほぼほぼ紹介を終えてしまったのだが、読んでいてこの人は本当に頭がいいなあと感心する。こういう人の思考回路を垣間見て見るのも、面白いのでは。

ところで、なぜ2年目で5000万円もらえる人がいるのだろうか。それは、業種間格差があるからであると思われる。マネージャーは数億貰っていたと書いてあるから、当時この業種では5000万円は平均以下だったのではないか。

もう長い歴史で証明されているように、資本主義と金融経済は富を偏らせるシステムである。そのことを20歳くらいまで認識していたかどうかで、人生は大きく変わってしまう。

資本主義は残酷と言えば残酷だ。

【書評】君たちはどう生きるか(吉野源三郎)【21冊目】

概要

舞台は1930年代。コペル君という少年に、友達が増え、友達を裏切り、友達と和解し、精神的成長を遂げる物語。

もともと小学生向けに書かれたのだが、大人になってこれを読んで、身につまされた人は多いらしい。ただ歳をとるだけでは、人は勇気も偉大さも得られないからだ。

物語の冒頭は、コペル君が突然、自分が社会の中の一員でしかないことを自覚することから始まる。ビルの屋上から雑踏を見下ろしていた時に、コペル君は突然そのことに気がつく。

それは、幼年期の自分中心の考えからの脱皮であり、突然社会の存在を意識するようになることだ。これが天動説から地動説への転換のように、その人に見える風景を丸っきり変えてしまうということで、本田潤一はコペル君と呼ばれることになるのである。

頭の回転の早いコペル君は人気者となり、

  • 金持ちの友達
  • 勇気のある友達
  • 貧乏人で、いじめられている友達

の3人の友達ができる。

しかし、頭でっかちのコペル君はこの3人を手酷く裏切ってしまうのである。

人間が立派になろうとするためには直視しなければいけない、卑劣さという心の弱さを描き出した名作だと思う。